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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~(完結編)

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 だから大学には行かないけど、君に貰ったボールペンは大切にするよ。
 彼はそう言って、また笑った。
「君が来てくれるなんて、夢のようだ。最後に逢えて両想いだと判って、嬉しかった。逢えるのなら僕もちゃんと何か用意しておくんだったな」
 反町君はジャージの上下を着ている。カッコ良い男の子だから、何を着ていても様になる。彼はそのズボンのポケットから一本のペンを出した。
「これ、僕からのお別れの記念品。本当なら女の子の歓びそうなものを用意できれば良かったのに、使い古しでごめん。僕がいつも使っていたシャーペンなんだ」
 ありがとう、と、愛奈は言おうとして言葉にならなかった。涙が溢れきて、上手く喋れなかった。
「―」
 反町君も何も言わなかった。彼が自転車を停める。黙って愛奈を引き寄せ、腕に抱いてくれた。
「本当に済まない、好きだったよ。最後に逢って、初めてたくさん話して、余計に大好きになった」
 顔を持ち上げられるままに、愛奈は彼を見上げた。そっと落ちてきた口づけは最初は額に、次は唇に。どちらも軽く触れ合わせるだけ、優しい温もりを感じた程度のものだった。
 それから彼は人差し指で愛奈の目尻にたまった涙の雫をぬぐい取ってくれた。
「ごめんなさい。私の方こそ、余計なことを言ったばかりに、あなたとお父さんを大変なことに巻き込んでしまって」
 愛奈が泣きじゃくりながら言うと、彼は優しく言った。
「君のせいじゃない。僕たちはどんなに好きでも想い合っても、きっとこうなる―結ばれない運命だったんだ。だから、君も自分を責めないで」
 愛奈は涙ながらに言った。
「最後に一つだけお願いがあるの」
「なに?」
 優しい声。たぶん、自分は今日のこの別れを永遠に忘れないだろう。彼のやるせなさそうな顔を、唇に感じた優しい温もりも背中に回された確かな手の感触も何一つ忘れない。
「北海道に行っても、サッカーは続けて。私は反町君のゴールを決めるときの姿をひとめ見て、それで好きになったの。だから、遠くに行っても、大学へは行かなくても、どんな形でも良いからサッカーは続けて欲しい」
「判った。ここで約束する」
 彼は微笑んで愛奈の前に小指を差し出す。その指に愛奈が自分の指を絡めた。
 蜜柑色の夕陽がいつまでも絡めた指を放そうとしない若い二人の姿を温かく包み込んでいる。
 後に反町大地は夜間高校を経て苦労して通信制大学を卒業、サッカー部に所属して全国大会で活躍していたところを認められ、上京してサッカーで有名な企業に就職した。後年、Jリーグにも参加し、三十歳を過ぎてのオリンピック出場を果たし、遅咲きの大物といわれた。
 愛奈が彼と涙の再会を果たしたのは、彼が遠い異国で開催されたオリンピックで活躍する様が衛星放送で日本でも伝えられたときである。
―一点差の逆点優勝を日本チームにもたらした奇蹟のゴールキック! 最大の功労者反町大地選手に歓びのインタビューです。
 試合直後に日本人レポーターからマイクを向けられた反町選手はこう語った。
―日本にいる永遠の恋人に、この歓びを捧げます。
 陽に灼けた精悍な彼の頬には流れ落ちるひとすじの涙があった。
 この後、反町選手が三十四歳で独身ということで、その恋人というのが誰なのかマスコミでも話題になったこともあったが。
 既に一流企業アークコーポレーション社長夫人となっていた愛奈と彼の画面越しの切ない再会だった―。
 この後日談はもちろん、十七歳の二人の別れよりもずっと後の出来事になる。
 S駅前で二人は別れた。
「北海道は寒いでしょう、風邪引かないでね」
「君も元気でね」
 反町君は元来た道へ、愛奈は電車乗り場へとそれぞれの道を進むしかなかった。二人の想いは真実ではあったけれど、彼の言うように、その想いを貫き通すには二人ともにまだ若すぎた。
 
 Prisoner(囚われる)

 反町君に涙の別れを告げた愛奈は一旦、拓人の邸宅に戻った。彼から告げられた事実はあまりにも衝撃的すぎて、愛奈の心では様々なことがバラバラに入り乱れて、感情の収拾がうまく付けられなくなりつつあった。
 考えなければならないことがあることは判っていたけれど、今はただひたすら現実から逃れたかった。信じていた拓人が卑劣な手段を使って反町君と愛奈を引き裂いたこと。涼子という恋人がいながら、その一方、素知らぬ顔で愛奈に平然と愛を囁いた拓人の心。
 もう、誰の何を信じれば良いのか判らない。愛奈はこんな場所には一刻たりともいたくなかった。拓人は優しい顔をして平気で嘘を囁く。そんな彼のどこを信じれば良いというのだろうか。
 拓人は自分が欲しいものを手に入れるためには手段を選ばない男、とても冷酷な一面がある。愛奈が知り得たのは、哀しいことに拓人の怖ろしい素顔だけだった。このまま拓人の側にいれば、何が真実で何が嘘なのかまで判らなくなりそうで怖い。
 愛奈は帰宅するなり、当座の荷物を纏めて小さなボストンに入れた。ここに来る時、拓人は身一つで来れば良いと言ってくれた。だから、持ってきたものなど実は殆どない。当座の着替えなどと学校のテキストやノートだけだ。拓人から新たに与えられたものはすべて置いていくつもりだった。
 出ていくときの荷物は自分でも呆れるほど少なかった。通学用鞄に詰め込んだテキスト・ノート類、小さなボストンに納まり切れるほどの服と下着、そんなものだ。改めて自分が何も持たない身であると思い知らされたようで、それはもちろん判っていたことだけれど、愛奈は酷く心細い想いに駆られた。
 I駅前にネットカフェがある。とりあえずはそこに行くことにした。児童保護施設には翌朝、電話するつもりだ。すぐに受け容れて貰えるかどうかは判らないが、こんな中途半端な時間に電話しても、埒があかないだろう。
 愛奈は二つ折りの携帯電話を開いた。このメタリックピンクの携帯は実は拓人に与えられたものだ。待ち受けの時間は午後七時半を指している。特に残業や接待がなければ、そろそろ拓人が帰ってくる時間だ。
 愛奈がいないことを知った彼はどうするだろうか。探すだろうか。怒り狂うのか。反町君に告白しようと思う―ただそれだけを告げたのに、拓人は反町君の父親に解雇同然の処分を下し、遠い北海道に追放した。
 そのことで、愛奈は拓人の怖ろしさを初めて知った。借金を肩代わりしてまで側に置こうとした愛奈が逃げ出したと知れば、腹を立てるに違いない。考えただけで、背筋が寒くなるほどの恐怖を憶えずにはいられない。
 これだけはどうしても置いていくわけにはいかなかった。色々と必要だといのがいちばんの理由だが、画像フォルダの中には反町君と別れ際、二人で撮影したツーショットの写真も入っている。二人きりで撮影した最初で最後の写真なのだ。
 幸運にもこのネットカフェは二十四時間営業だから、誰にも咎められずに翌朝までは過ごせる。
 モノトーンダイヤが並んだ床が広がる大きな空間に無数の仕切りが立てられている。その仕切り一つ一つに小さな個別スペースがあり、簡易デスクとチェアが備え付けられてあった。