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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~(完結編)

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「あ、やっと笑いましたね。奥さん、もう少し笑った方が良いです。奥さんが哀しそうにしていると、ボスまで元気がなくなりますからね」
「拓人さんが?」
 信じられない話に思わず訊き返すと、黒服の男は朗らかに言った。
「いつもボス、零してますよ。女は一体、何をすれば歓んでくれるのか、どうやったら歓んでくれるんだろうって。いつかは大真面目に俺に訊くもんで、俺、マジでボスも焼きが回ったなと思いましたもん。女のことにかけては俺なんかよりボスの方がよほど百戦錬磨なのに、たかだか女子高生一人の機嫌を必死に取ってるなんて、以前のボスなら想像もできないっスしね」
 あ、と、彼が頭をかいた。
「何かこれじゃ、ボスにたくさんの女がいるように聞こえますね」
 愛奈はもう、こんなときなのに笑いが止まらなかった。
「気を遣って下さって、ありがとう。拓人さんが無事に帰ってきたら、ちゃんと向き合って話してみます」
 愛奈の言葉に、ボディガードはニッと笑って頷いた。それから後はいつものように彼は二度と愛奈に馴れ馴れしく話しかけようとはしなかった。
 不思議だった。あんな卑劣なやり方で自分の身体を奪った男のことなんて、心配する必要はない。いなくなれば、愛奈は自由になれるのに。何故、自分の胸はこんなにも不安にざわめくのか?
 今なら判る。いや、恐らく応えはとっくに出ていたのに、愛奈がその応えから眼を背けて、真実を見ようとしていなかったのだ。
 不思議なことに、あれほど好きだと思い込んでいた反町君よりも拓人のことばかり考える。もちろん、反町君のことは今でも好きだ。
 彼のことも一生、忘れることはないだろう。
―僕にもっと力があったら、君を攫ってゆくのに。
 泣きそうな表情で告げてくれたあの一瞬は、たとえ拓人という男がいたしても心から消えることはない。大切な青春の宝物だ。
 だけど、その想いは拓人へのそれに比べれば、ほんの淡いものでしかない。
―私がいちばん好きなのは拓人さんなんだわ。
 幼いときから大好きだった従兄。優しい年上の男。一時は無理に身体を奪われ、毎日レイプのように抱かれることに怒りと失望を感じ、そんなことをする彼を憎いとすら思っていた。でも、その心の底では、やはり彼を憎みきれない、何か別の感情がまだ生きていることを私は知っていた。
 多分、女として彼に抱かれて、理不尽に自分を奪い尽くそうとする彼を憎む心と、裏腹に彼を慕う心が同時に芽生えてしまったのだろう。それとも、幼いときからのほのかな憧れがいつしか彼を一人の男性として恋する女心に変わったのだろうか? 自分でも気づかなかった真実が彼に抱かれたことで、はっきりと自覚した?
 いいや、そんな彼を好きになった理由なんて、今はもうどうでも良い。ただ、あの男が生きてくれてさえいれば。
 ボディガードに言われなくても、彼が今までたくさんの女たちと拘わってきたのは判る。子どもの自分だって、これほど女について知り尽くしている男がこれまで女っ気なしで過ごしてきただなんて思わないし、信じない。
 何より、彼ほどの美貌で社会的地位もある男なら、女の方が放っておかない。恐らく、その女たちの一人が涼子という女なのだろうということも。
 もちろん、好きな男が別の女とベッドを共にしたりするのが嬉しいわけじゃない。でも、それが過去のことなら、愛奈は何とか受け容れられる。大切なのは未来、これからではないだろうか。たとえ拓人が涼子とどれだけの夜を共にしていようが、愛奈にプロポーズするために、きちんと彼女との関係を清算し愛奈一人に誠実に向き合おうとしてくれたのなら、それで構いはしない。
 涼子のことも、拓人に逢ったら、ちゃんと訊ねてみよう。二人のこれからのためにも、どんな小さなしこりでも残しておかない方が良いのだ。
 愛奈はあたかも向こうに自分が進むべき未来への道が続いているかのように、真っすぐに前を見つめた。丁度その時、ボディガードが運転する車がマンション前の駐車場に止まった。

 更に数時間が経った。午後七時、愛奈は浴室でシャワーを浴びた後、部屋でじゃれつく子猫と遊んでいた。今はエメと無邪気に何も考えないで遊んでいられるのがせめてもの救いだ。
 七月に入り、随分と陽が長い。陽は漸く暮れたばかりで、まだ西の空の端はうっすらとかすかに朱(あけ)の色をとどめて昼の名残を残している。
 汗ばむ季節なので、室内は緩く冷房を効かせている。その時、しじまを破って、ケータイが鳴り響いた。
「もしもし」
 二つ折りケータイを開くのももどかしく手に取る。思ったとおり、かけてきたのは秘書の佐伯だった。
―奥さま、朗報です。社長のご無事が確認できました。
 何と拓人はその事故に遭ったバスには乗っていなかったとのことだ。山の天候は気まぐれだ。拓人が山上の村を訪れていた最中、急に晴れていた空が曇り、にわか雨が降った。その悪天候のため、拓人は村人に引き止められ、本来乗るはずの次のバスに乗って山を下りたとのことだ。
 だから、生存者・死亡者ともに名簿に名前がないのは当然である。
―神さま、ありがとうございます!
 愛奈はこれまで高校受験のときくらいしか神仏に祈ったことはないけれど、この瞬間だけは心から神に感謝した。
 やっと拓人への気持ちに気づいたのに、もう遅すぎるのではと後悔の念に押し潰されそうだったのだ。
「エメ、お前をここに連れてきてくれた人が無事だったの。拓人さんが生きていたのよ」
 愛奈は子猫を膝に抱き上げ、人間に対するように語りかけた。子猫は利口そう瞳をくるっと動かし、本当に愛奈の言葉を理解しているようにも見えた。愛奈の瞳からひと粒の涙が溢れ、白い頬をつたった。

 二日後、予定より一日だけ遅れて拓人が帰国した。愛奈はボディガードに頼んで、空港まで連れていって貰うことにした。
「良いのかな。ボスに無断でこんなことしても」
 と、流石にこれには渋ったが、愛奈がどうしても迎えに行きたいのだと言うと、渋々、言うことをきいてくれた。
 拓人は羽田空港まで国際線で帰ってきて、そこからは国内線に乗り換えてI空港に到着する予定だ。マンションから空港までは車で一時間ほどだから、迎えにいけないことはない。
 手持ちの服はないので、制服を着た。
 午後一時、拓人の乗っているはずの飛行機が空港に着陸する。ゲートが開き、次々に昇降客がロビーに溢れ始めた。
 正面玄関へと続く長いエスカレーターの上方に長身の男が立った。どこに行っても拓人のルックスの良さと圧倒的な存在感は目立つ。通りすがりの若い女性がちらちらと彼を見て通り過ぎていくのが愛奈には判った。
 拓人の背後にはぴったりとビジネススーツ姿の男が寄り添っている。あれが秘書の瀬道だろう。
 エスカレーターが下に到着し、拓人がロビーへと足を踏み出す。
「拓人さん」
 愛奈は彼がこちらに気づく前に叫び、走り出していた。今日の彼はビジネススーツではなく、半袖のカーキ色のポロシャツ、グレーのズボンといったカジュアルな格好である。愛奈に声に気づいたのか、彼がかけていたサングラスを外した。
 その眼が愕いたように大きく見開かれる。
 走ってきた愛奈を拓人は愕きながらも、両手をひろげて受け止めた。