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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

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「―何で、こんなことをするんですか? 舐めるも何も、私はあなたのことなんて全然知らないのに」
 見も知らぬ女にいきなり敵意を剥き出しにされ、挙げ句には頬を打たれるという信じられない出来事に、愛奈はかなりの打撃を受けていた。あまりの悔しさに、涙が溢れそうになっている。
「拓人に伝えといて。これしきの手切れ金と?別れよう?のメールだけで終わりにしようなんて、虫が良すぎるんじゃないかって。あたしたちの二年はそんな薄っぺらなものだったのかしらとね」
 ?ああ、これ?と、女は忘れ物を思い出したかのようにコーチのバッグからおもむろに小さな紙片を取り出した。
「もし、拓人と別れる気になって行くところがなくなったら、ここに来ると良いわ。あたしの店だから。あなたなら、すぐに良いお客が付いてナンバーワンにもなれる。案外、ここにいるよりも良い暮らしができるかもよ。男たちを手玉に取りながら、夜毎飛び回る綺麗な蝶になるの。マ、気が向いたら電話して」
 言うだけ言うと、女はさっさと背を向けた。またカツカツと小気味良いヒールの音を響かせて去っていく。コーチのショルダーバッグに、シャネルのワンピース、どう見ても十数?はあるかと思われるピンヒールのパンプス、果てはネイルからルージュに至るメイクまで全身紫で統一している。
 腰まで届くロングへアはシャギーの入った緩やかなウエーブ、どこを取っても隙のないいでたちはまさに?ゴージャス?の形容がふさわしい。流石に妻として拓人の隣に並ぶにふさわしいかどうかは疑問だけれど、恋人としてなら、美男美女、これほど似合いの女はいないだろう。
 大体、紫という色は人を選ぶものである。例えば、まだ成長途上の愛奈には紫という色は絶対に着こなせない。だが、あの女豹のような女はその紫を見事に自分の色にしてしまっている。
 女に打たれた頬には、まだかすかに痛みとひりつきが残っている。そっとその部分を押さえながら、愛奈は女から渡された小さな紙切れをぼんやりと眺めた。小さな長方形の紙もご丁寧に薄紫で、飾り文字が印刷されている。?スナック パープル・ローズ 店長 佐伯涼子?、その文字を眼で追いながら、愛奈は先刻の涼子が自分に向けた視線を思い出していた。
 あの瞳を自分はいつかどこかで見たことがあると思った。あれはいつだったろう。そう、確かまだ小学生になる前、幼稚園の年長組のときのことだ。よく遊びにいく小さな公園に、野良猫の親子が住み着いていた。愛奈は子猫が可愛くて、幼稚園の給食の牛乳や残りのおかずを持っていっては猫に与えていた。
 しかし、親猫はいつも警戒心剥き出しで、子猫を守ろうとするかのように歯を剥いて不気味な唸り声を聞かせていた。
 そんなある日、いつものようにミルクとスーパーのレジ袋に入れたおかずを持っていったら、親猫は常以上に気を荒立てていたらしく、近づいただけで毛を逆立てて威嚇してきた。どうやら今日は先客がいたようで、子猫は既に誰かが持ってきたらしい紙製のトレーに入ったミルクを美味しそうにペロペロと舐めていた。
―大丈夫、私は何もしないわ。いつものようにほら、食べ物を持ってきてあげただけなの。
 愛奈は気を立てている親猫を安心させるように優しく言い聞かせながら近寄っていったけれど、親猫はますます近づいてくる愛奈を警戒し唸った。
 あのときはまだ幼すぎて理解できなかったけれど、親猫は子猫を精一杯守ろうとしていたのだろう。もしかしたら、子猫が呑んでいたミルクを愛奈が奪うとすら思ったのかもしれない。
 先刻の女の瞳は、あのときの親猫とよく似ている。まるで自分のものを奪っていこうとするものを全身全霊をかけて拒もうとするかのように。
―あたしたちの二年はそんな薄っぺらなものだったのかしらとね。
 あの言葉からも、涼子という女が拓人と深い仲にあったのは一目瞭然だ。深い仲、恐らく男女の仲なのだろうことは、十七歳の愛奈にも容易に想像がつく。それで、何が原因かは判らないが、拓人が突然、別れ話を切り出した。
 そのため、涼子が激怒してここまで乗り込んできたと考えるのが妥当だろう。だが、何故、拓人の恋人だか愛人だかの怒りが愛奈に向けられるのかが解せない。
 拓人が涼子と別離を決めた理由を知る由もないけれど、そこに愛奈の存在はまったく関係ないことである。なのに、いきなり現れて頬を張られるなんて、割に合わなさすぎる話である。
 ああ、今日は本当に最低の日だわ。
 愛奈は心でぼやきながら、大きな溜息をつくと、涼子が残していった名刺を二つに破った。
 拓人は大切な従兄だし、恩人でもあるが、その私生活にまで干渉する気はないし、また、するべきではない。ましてや、恋人との別れ話で揉めているただ中に首を突っ込む気は毛頭なかった。
 それに、愛奈は愛奈で反町君に会えなくなる前に告白しようと決意した矢先なのだ。到底、他人の色恋どころではないというのが実情だった。
 涼子の仕打ちを拓人に報告することも考えたけれど、それではまるで告げ口をしているようだ。自分は何の関係もない話なのだから、ここは見て見ないふりを通した方が良いと愛奈は拓人には敢えて告げなかった。
 だが、この出来事は愛奈の心になかなか消えない波紋を巻き起こした。

 翌週の水曜日は高校の三者面談になっていた。予め約束してあったとおり、拓人はその日は仕事を早めに切り上げて帰ってきてくれた。愛奈の方は午前中だけで授業が終わったので、一旦帰宅していたから、拓人と二人、彼の運転するポルシェで高校に向かった。
「何か恥ずかしいよ。外車で高校に行くなんて」
 国内でも名の知られている一流企業の社長の感覚と一女子高生のそれは大幅にかけ離れているらしい。拓人はポルシェしか持ってないので、それなら電車で行こうと提案しても、時間の無駄だと取り合ってくれなかった。
「そうか? 別に盗んできた車じゃないんだし、構わないだろ」
 と、当の拓人はまったく気にしていない。
―私が気にするんですってば。
 と訴えたいところだが、これ以上、言っても仕方がないと悟り諦めた。
 ポルシェがごく普通の乗り物という感覚からして、拓人が高校生で社長職を継いでから、普通の十代の若者が身を置く世界で生きてきたわけではないことを示している。
 十代で継いだのは名前だけの社長職だとサラ金業者たちには謙遜したが、それはまったく事実に相違することを愛奈は知っていた。拓人の代になってから、アークコーポレーションは更に飛躍的な発展を遂げている。
 ネット社会を大いに利用した彼の経営戦略は見事に功を奏し、アークの傘下企業は今や国内外に十数社の規模を誇っている。そのどれもがかなりの成功をおさめていた。
 それでも、愛奈は拓人に億という名の付く借金を肩代わりして貰ったことを忘れたわけではなかった。
「拓人さん、今度のこと、色々とありがとう」
「ん?」
 拓人が何だ? というようにちらりとこちらを見た。言いにくいけれど、まだ、お礼をちゃんと言ってない。ここはやはりきちんと言うべきだ。愛奈はひと息に言った。