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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

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 その点、愛奈は若い女の子にしては、貞操観念がしっかりしているというか、けじめはつける性格だ。父の禎三がそういう躾けに関してはきっちりしたところがある人だったからかもしれない。
 愛奈はもう一度、オシャレな自分の部屋を振り返ってから小さな溜息をついてドアを閉めた。

 更にそれから数日が経った。その日は最悪の一日だった。午後五時、愛奈は重い足取りで新しく彼女の?家?となった住まいの前に辿り着いた。以前、父と暮らしていた家から高校までは自転車で通っていたが、今はかなり遠くなったので、電車通学になった。最寄りの駅から電車で三十分はかかる。
 もちろん、その程度のことで文句を言うつもりはないし、些細なことだ。愛奈をして最低の一日と言わしめたのは、例の片想いしていた男の子―反町君が転校すると聞いたからだった。
 しかも親友の満奈実から聞いた話によれば、
―反町君ってさ、愛奈のことを好きだったらしいよ。
 というのだ。
 もちろん、あくまでも噂の域を出ないのだけれど、当の愛奈が知らないだけで、三年女子の間では結構有名な話だったと聞いて、更にショックを受けた愛奈だった。
―転校って、そんな話は全然聞いてなかったのに。
 満奈実を問い詰めても仕方ない話なのは判っていたが、どうしても訊かずにはいられなかった。すると、どこでどうやって情報を得てくるのか、学校のことなら何でも情報に明るい満奈実はこんなことを教えてくれた。
―何でも突然、決まった話らしいよ。反町君って、お父さんと二人暮らしでしょ。お母さんとお父さんは彼が小さい頃に離婚したっていうし、それで、そのお父さんが急に北海道へ転勤が決まったとかで、反町君もそれについて向こうへ行くことになったみたい。
―北海道に行くの?
 愛奈は悲鳴のような声を上げてしまった。すぐ近くならまだ望みは繋げるけれど、北海道なんて、あまりにも遠すぎる。もし、反町君が本当に自分のことを好きでいてくれるというのなら―、このまま想いを告げずに別れてしまうのは、あまりにも切なすぎる。
 だが、隣の三組に逢いにいっても、反町君はもう学校には来ていないようで、昨日、彼自身がロッカーに置いてあった荷物などはすべて取りに来て、クラスメートや部活の友達、先生たちにも挨拶を済ませていったという。
―そんなのって、あんまりじゃない?
 別に彼が愛奈を好きだというのはあくまでも噂なのだし、反町君が愛奈に別れを告げてくれなかったということで口惜しいわけではない。ただ、彼に好きだとこの想いを告げもしないで、これきりになってしまうのが嫌だった。
 せめてずっと逢えなくなる前に、想いだけは打ち明けたい。その一心だ。
 だが、反町君はもう二度と学校へは来ない。―とすると、直接、彼を訪ねるしかないのだが、彼はサッカー部の親しい同級生たちにも自宅の所在を明らかにしていなかった。そこでも満奈実が大いに協力してくれた。
―ここがどうやら反町君の自宅住所らしいよ。でも、これって教えてくれた子からも絶対に他に洩らさないでくれって言われたし、私が情報元だってバラさないでよ? もし約束を破ったら、小学生以来のダチの愛奈でも絶好だよ。
 とまで言い渡されて、小さな走り書きのメモを貰った。
 何でも、反町君がサッカー部の主将をしていて、その一番の親友が副主将の同学年の子だった。反町君はその子だけには自宅の住所を教えていたそうで、満奈実はそこから情報を引き出したのである。
 反町君が住んでいるのはS町、つまり、現在、愛奈が拓人と暮らしているI町からN町の高校まで電車で通っている私鉄沿線の途中の駅に近かった。それなら途中下車すれば、探せないこともないだろう。幸いにも、住所はその私鉄のS駅に近かった。
―よし、何が何でも、絶対に逢いにいくんだから。
 愛奈は心に決めた。
 ガッツポーズで呟いたまさにその瞬間、背後でカツカツと靴音が響いた。明らかに女性用のヒールらしいその音に、愛奈は振り返る。
 眼前に佇んでいたのはスレンダーな美女だ。身長は一六五?ほど、これはバスト八十八、ウエスト五十八、ヒップが九十くらい? などとつい余計なことまで考えてしまうのは相手がこの辺りではというより、これまでの人生ではついぞ見かけない美人だったからだ。細身なのに出るどころは出ているし、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。まさにモデル体型、おまけに顔も藤原紀香にそっくりである。
「凄いゴージャス美女だわ」
 呟くまもなく、そのゴージャス美女は愛奈の前に立った。両腕を組んで脚を開いて仁王立ちになるという、いささか外見にはふさわしからぬポーズに、愛奈は呆気に取られた。
 この屋敷の門から広大な庭園を通り抜けてここ玄関に至るまでには、十分程度はかかるはずだ。なのに、至近距離に来るまで足音に気づかなかったのは、やはり反町君のことで愛奈の頭が一杯だったからなのか。それとも、女が猫のように足音を忍ばせていたからなのか?
 確かに美しくはあるけれど、どこなく外見は猫を思わせるイメージだ。いや、猫というよりは豹? しなやかな肢体を持つ妖しい色香を放つ女豹が今、愛奈をきついまなざしで見据えている。
 美しいが険のある眼許はアイラインをくっきりと引きすぎているがために、余計にきつい印象を与えてしまう。
「あ、あの?」
 愛奈は戸惑いを隠せなかった。
 女はつかつかと歩み寄ってくると、また仁王立ちになった。ふいに彼女が手を伸ばし、愛奈の顎をほっそりとした指先で掴んだ。いささか人工的すぎるほどに手入れの行き届いた爪先は毒々しすぎるバイオレットに染まっている。
 女は愛奈の顎を持ち上げさせ、しげしげと眺め回す。そんな不躾な視線に晒されていると、まるで自分が棚の上の商品にでもなったような気分だ。幾ら年上だからといって、初対面の相手にここまでされるいわれはない。
 愛奈は鞄を提げていない方の手で、女の手をさっと払いのけた。
「あなたは誰ですか?」
 と、女がフと含み笑う。これもどうやら馬鹿にされているような、到底、好意的な視線とは思えず、愛奈もまた負けずに女をにらみ返した。
 しばらく二人の女はそのまま対峙していたが、やがて、女の方が視線を逸らした。女はあらぬ方を見つめていたかと思うと、肩を揺らして笑い出した。
―何なの、この女。
 愛奈があまりのことに物も言えないでいると、女豹を思わせる女はひとしきり笑い続けてから、ふと笑いを納めた。いきなり真顔になってこちらを見つめる女を、愛奈は思いきり不審者を見る眼で見つめてやった。
「なかなかのコよね」
「は?」
「このあたしを見て眼を背けずににらみ返して来るなんて、あんた、良い度胸をしてるわね。あんた、歳は幾つなの?」
 愛奈はキュッと唇を引き結んだ。
「あなたに応える筋合いはありませんけど」
 すると、女はまた何がおかしいのか、声を上げて笑う。なので、愛奈は次の瞬間、自分に起きたことが信じられなかった。
 パァーン、乾いた音が鳴り響き、愛奈は右頬を押さえて茫然と女を見つめた。
「あんたね、まだ子どもの癖に、このお涼姐さんを舐めるんじゃないわよ?」