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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

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「だって、男の人が普通、いつまで経っても結婚しないなんて、大抵は恋人だとか好きな女だとかがいるからじゃない?」
 それは女性側からしても同じだろう。誰だって特定の相手が心に棲んでいれば、なかなか結婚や見合いをしようという気にはならないものだ。
 けれど、ならば何故、拓人がその意中の相手にアプローチをかけないのかが判らない。拓人に声をかけられれば、どんな女だって、その気になるだろうのに。
「好きな女がいるのなら、思い切って告白しちゃえば良いのに。拓人さんに告白されてフる女なんてこの世にはいないよ」
 思ったことを言えば、拓人が吹き出した。
「嬉しい言葉だが、それはお前の買い被りというものだ。俺はそんなにたいした男じゃない。どこにでもいるごく普通の男だよ」
「あら、拓人さんはそうそうどこにでもいるような男じゃないわよ。何たって、私の自慢の従兄ですもの」
「それよりも、愛奈。今日は試験だろ。呑気に俺のことを心配してる場合ではないんじゃないのか。昨夜、教えた二次関数のところ、ちゃんと理解できたのか?」
 言われて、愛奈は初めて今日が実力テストだったことを思い出す。昨夜も数学の判らないところを拓人に深夜まで教えて貰ったのだ。有名私大の経済学部を優秀な成績で卒業した拓人はもちろん頭脳も明晰である。教え方も上手だから、下手な塾より家庭教師より、拓人に教えて貰う方がよほどよく理解できた。
「ごめんなさい。まだちょっと判らないところがあるの」
 愛奈がしゅんとして言うのに、拓人は破顔した。
「しょうがないヤツだな。今はもう時間ないから、また帰ったら教えてやるから」
「お願いね」
 両手を合わせて可愛らしくお願いする愛奈を横目で見て、拓人がふと思いついたように言う。
「ところでさ、お前は誰か付き合ってる男とかはいないの?」
 意外な問いに、愛奈は眼を瞠った。まさか拓人の口から出るとは考えてもいなかった科白だったから。
「私? そんな男はいないよ。あ、でも」
 言いかけた愛奈に拓人がくるりと振り向いた。
「なに?」
「あのさ、変なこと訊くかもしれないけど、男の子って、どんな女のタイプが普通は好みなの?」
「男の好みか。まあ、それぞれだと思うが、一般的となれば、可愛くて美人で、性格が良い子、素直な子。これで家庭的となれば更に良いかな。でも、何で?」
 拓人が物問いたげな視線をくれる。愛奈はヘヘと頭をかいた。
「あのねー、ちょっと気になるの男の子がいるの。隣のクラスなんだけど、サッカー部のエースなんだ。こうね、ゴール決めるときなんて、もう超カッコ良くてさ、狙ってる子が多いんだ」
「超カッコ良い、ねえ」
 拓人が少し呆れ気味な顔で見つめているのに気づき、愛奈は恥ずかしさに居たたまれなくなった。
「まだまだ先だけど、来年のバレンタインは勇気を振り絞って告白しちゃおうかなー、なんて。どうせ私なんかその他大勢の一人だから、反町(そりまち)君の眼にも入ってないだろうけどね」
 拓人が優しい眼で愛奈を見た。
「その若さが俺には羨ましいね。俺なんて、いつまでも悶々と一人で抱え続けてるだけだから」
 愛奈はやっぱりと、拓人を軽く睨んだ。
「拓人さん、やっぱり好きな女がいるんだ?」
「さあ、どうだかね」
 拓人が話を曖昧にしようとするので、愛奈は夢中で続けた。
「思い切って告白しちゃえば良いのに。何度も言うけど、拓人さんみたいな素敵な男に告白されて、断る女なんていないよ」
「なら、お前は?」
 え、と、これまた意外な言葉に愛奈は弾かれたように顔を上げる。
「どういう意味?」
「俺に告白されたら、お前は断らないのか?」
 愛奈は笑った。
「また冗談ばっかり。私は拓人さんの妹分なんだから。恋愛対象外でしょ」
「―俺は本気だよ」
 しかし、その言葉はあまりにもか細すぎて、愛奈には届かなかった。
「おっ、やばい。こいつは出社時間には遅れるな」
 拓人が腕時計を覗き込んで呻いた。愛奈も同様に声を上げた。
「ホントだ。私もテストだっていうのに、遅れちゃう。ごめんね。私が余計な話をしたばかっかりに遅刻だね」
「いや、色々と興味深い話が聞けて良かったよ」
「興味深い話?」
「愛奈の好きな男とか」
 ああ、と、愛奈は深く考えもせず笑って頷いた。
「運転手さんが待ちくたびれてるんじゃない?」
「本当だな、また瀬道(せどう)に説教されるな、こりゃ」
 拓人は参ったと言いたげに頭をかいた。毎朝、家の前には高級黒塗車が横付けされる。アームコーポレーションの社長専用車で、もちろん専属の運転手もついている。瀬道というのは秘書課の課長と社長の第一秘書を兼ねている瀬道浩太郎だ。拓人よりは数歳年長の有能な彼の懐刀でもある。
 木目調の美しい廊下から御影石が敷き詰められた玄関へと降りる拓人に、愛奈は靴べらを差し出す。
「サンキュ、気が利くな」
 一瞬、拓人が眼を細めて愛奈を見つめた。
「じゃ、お前も気を付けて学校に行くんだぞ」
 拓人はいつになく慌てた様子で重厚なマホガニー材のドアを開けて出ていこうとする。その背中に愛奈は慌てて声をかけた。
「あ、拓人さん」
 急いでいる彼には申し訳ないけれど、どうしても頼んでおかなければならないことがあった。
「来週の水曜日の三者懇談、大丈夫よね?」
 既に何度かは確認しているが、クラス担任が決めた日時に都合がつかない者は今日までに申し出ることになっている。
 拓人は屈託ない笑顔で頷いた。
「ああ、大丈夫だよ。俺はお前の保護者代わりだからな」
「行ってらっしゃい」
 愛奈の見送りにとびきりの笑顔で応え、拓人は今度こそ出ていった。
 パタンと眼前でドアが閉まった。愛奈は自分も二階に与えられた部屋へと引き返した。改めて眺めると、ゆうに八畳はあるフローリングの室内が眼に入る。
 アイボリーに淡いピンクの薔薇が散った壁、出窓からは朝の澄んだ陽光が惜しげもなく降り注ぎ、レースのカーテンがかすかに揺れている。天蓋のついたベッドはやはり淡いピンクを基調としており、シンプルなデスクとチェア、更には可愛らしいドレッサーがそれぞれ控えめに配置されている。
 デスクの上にはスタイリッシュなノートパソコンまで用意されていて、至れり尽くせりだ。これらはすべて拓人が愛奈のために用意してくれていたものだった。まるでドラマに出てくるヒロインの私室そのものを再現したかのようなオシャレな空間。
 それまでが割と地味な普通の暮らしだったせいか、こういういかにも女の子然とした部屋に実はなかなか馴染めない愛奈である。しかし、良かれと思ってわざわざ用意してくれたものに対して不満を唱えられるはずはない。
 それ以前に、拓人には父の多額の負債を肩代わりして貰ったという負い目がある。
 拓人の部屋は同じ二階にあるが、何しろ二階だけでも現在は使用されていない部屋が十部屋近くはある。拓人の部屋はここからは長い廊下を歩いて先にあるらしいが、愛奈はまだ行ったことはない。幾ら従兄妹はいえ、未婚の若い女性が独身の拓人の私室を訪れるのはマナー違反だと思うからだ。