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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

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 帰宅早々、お手伝いの美代子さんが慌てて出迎えたのである。
―お嬢さま、どういたしましょう。
 聞けば、あの二人組が押しかけてきて応接間に居座っているとのことだった。
 しかし、愛奈自身、いつかこんな日が来ることは覚悟していた。既に父が多額の負債を残していることも知っていたし、サラ金業者がこの日に自宅に来るとの連絡も入っていた。
 もちろん、葬儀の直後、言いにくそうな様子で父の秘書から負債の件を告げられたときは愕いたし、父を恨みもしたけれど、今更、あがいたところで何になるだろう。大好きだった母を突然の事故で失った小学一年生のときから、愛奈は諦めるということを知った。
 人生には時には幾ら懇願しても叶えられない望みがあるのだと。
 あの日、母は入学したばかりの愛奈が忘れていった筆箱を学校まで届けにきてくれた。母が事故にあったのはその帰り道だった。トラック運転手の居眠り運転で横断歩道を歩いて渡っていた母は撥ねられた。即死だった。
 救急車で搬送された病院で次第に冷たくなる母に取り縋って泣きながら、もし、この世に神さまがいるなら、どうかママを連れていかないでと懸命に祈ったのに、ママは死んだ。
―あたしが忘れものさえしなきゃ、ママは事故に遭うこともなかったんだ。
 その想いは今も愛奈の心から消えたことはない。
 お給料も払えないから、大勢いた使用人もどんどん辞めていって、今では長年勤めてくれた美代子さんが一人だけ。美代子さんは愛奈が生まれる頃から、ここで働いている。今はもう五十歳は過ぎているだろう。母が突如としていなくなってからは、美代子さんの存在は愛奈にとっては心強かった。
 いずれはこの屋敷も手放し、出ていかなければならないことは判っていた。父親の残した借金を娘の自分が払うのは仕方のないことだと理解はしていたけれど、まさか、この身体で払えと言われるのは想像だにしていなかった。
 確かに小説やドラマではよく聞く話である。父親が残した借金を残された娘が支払うために、吉原遊廓に身を沈める悲話は江戸時代では実際に珍しくはなかったという。 
 それでは、自分はさしずめ、借金の形に苦界に身を沈めなければならない哀れな娘になるところだった? 危機一髪のところを拓人が助けてくれなければ、江戸時代の遊廓ならぬ現代の苦界に堕ちて、やがては、この世の底の底まで堕ちていく悲哀をこの身で味わうことになったに違いない。
 それを思えば、拓人は一生の恩人だ。
―拓人さんのために何かできることがあれば、私は何だってするんだから。
 この日、愛奈は心に誓った。その?何か?が意味するものを、まだ愛奈はまったく掴めていない。でも、拓人がいなければ、これから先の自分はいなかったのだと思えば、何でもできる。このときの愛奈は心底からそう思った。
 いつか拓人にも愛する女性が現れるだろう。自慢の従兄が女性にはモテるのを知らない愛奈ではなかった。ルックスもモデル並のイケメンでしかも優しくて話術も巧み、何もかもが洗練されていて、しかも一流企業の社長ときている。
 拓人ほどの男に想いを寄せられて拒む女はまずいない。いつか従兄が選ぶ素敵な女性を見てみたいと愉しみにしている愛奈だ。
 安心して彼を託せる女性が現れるまでは愛奈が側にいて彼の世話をする。それが、窮地を救ってくれた彼への愛奈ができるせめてもの恩返しだ。拓人が彼にふさわしい女性と結ばれたその後、愛奈はこれからの自分の人生について考えれば良いと思っていた。

 Water mark(波紋)
  
 その朝、愛奈は張り切って早く起きた。会社に出かける拓人のために腕に寄りをかけて弁当を作った。鮭の切り身にほどよく塩を利かせてこんがりと焼き、これはお袋の味の定番の卵焼きは欠かせない。更にひじきと大豆の煮たものやほうれんそうのお浸しと健康と彩りの両方から考え抜いたメニューだ。
 ご飯は父が通勤用に使っていた保温ジャーを持ってきていたので、それに炊きたてを入れた。出来上がった弁当をモノトーンチェックの大きめのバンダナで包み拓人に手渡すと、彼は愕いたように切れ長の眼を見開いた。
「これ、全部、愛奈が作ったの?」
「そう、拓人さんのために色々と考えたの。いつもどうせ外食ばかりなんでしょ」
「まあ、な。夜は確かに接待で外食ばっかだし、接待ない日は家に帰っても独身男の悲しさでメシ作ってくれる嫁さんもいないから、つい面倒になって外で済ませちまうもんな」
 拓人がおどけて肩を竦めて見せる。
 愛奈は頬を膨らませた。
「駄目よ、そんなんじゃ。まだ若いからって油断してたら、三十過ぎで早々と成人病になるんだからね」
「おい、脅かすなよ」
「脅しじゃないわ。今、結構若い世代で成人病にかかってる人が多いんだってよ。拓人さん、何で結婚しないの? 拓人さんほどの男なら、それこそお嫁さんになりたがってる女(ひと)は星の数ほどもいるでしょうに」
 前から気になっていたことをこの際、訊ねてみる。
「俺? 結婚ねぇ」
 拓人は人差し指と親指で顎を掴み、首を傾げた。
「もう二十八なのに、いつまでも独身じゃ、その中にお嫁さんの来手もないまま歳を取るわよ」
「おいおい、お前、勝手に人を爺さんにするなよ」
 もちろん、言葉どおりのことを考えているわけではない。拓人のような素敵な男性なら、四十歳くらいになっても、まだ妻になりたがる女は多いに決まっている。しかし、仕事には熱心なこの男は放っておくと、本当にこのまま独身で一生を終わりそうな気もする。
「中川の伯母さまが零してたわ。拓人さんに幾ら見合いを持ってきても、相手の写真も見ないで片っ端から断ってしまうって」
 中川の伯母というのは、愛奈や拓人の父たちのいちばん上の姉である。旧子爵家という由緒ある家柄に嫁ぎ、夫は今も健在で有名銀行の役員をしている。
 その伯母は三日前の初七日法要にはちゃんと寺に来てくれたが、いつもながら、拓人の結婚についての不満をつらつらと零していた。
「付き合ってる女(ひと)とかいないの?」
 拓人がそうまで頑なに見合いをしないのは、恋人が既にいるからではないかと考えるのが自然だ。今日は少しばかり突っ込んだことを訊いてみようと愛奈は更に追及してみた。
「恋人なんていないさ」
 拓人はネクタイの形を直しながら、長い廊下の曲がり角の壁に付いた鏡を覗き込む。今、二人は玄関までの廊下を歩きながら話しているところだ。
 何しろ、拓人の住まいは半端でなく広い。愛奈が亡くなった父と暮らしていた家もそれなりに大きかったけれど、ここはまさに豪邸と呼ぶにふさわしい家だ。愛奈の暮らしていた屋敷の二倍の敷地はあるだろう。
 拓人はもう十年も前から、この広大な屋敷にたった一人で暮らしているのだった。通いの家政婦と執事はいるものの、彼らは夕方にはそれぞれの住まいへと帰っていく。
「もしかして、他に好きな女性とかいたりして?」
 ほんの思いつきで口にした言葉に、鏡に映った拓人の顔に微妙な変化が兆した。
「何でそんなことを?」
 ややあって、拓人の顔には、もうわずかな動揺は微塵も見られなかった。あれは見間違いだったのだろうか? 愛奈は首を傾げつつ応えた。