監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~
愛奈はクッと言葉につまった。男の言葉は的を射ている。父はこの家を抵当にサラ金から金を借りたのだ。その金が返す目処が立たない今、愛奈が幾ら訴えようと、正当性は男たちの方にある。
愛奈が押し黙ったのを見、男は更に続けた。
「更にそれを言うなら、この世の中には今、あんたのものだと言える所有物は何一つないとも言える。あんたのその身体さえもね」
そこで、愛奈はじっとりとした視線が自分の身体に這うのを感じた。
「なあ、お嬢さん、俺たちだって鬼でも蛇でもねえ。父親が首吊って行き場がなくなった哀れな小娘に億のつく金を返せないことくらいはよく判ってるさ。だから、お前にはお前にできることをやってくれれば良いんだ」
「私にできること?」
愛奈は息を呑んだ。いつしか百戦錬磨の男に上手いように話に乗せられたのも気づかない。
「そうとも。あんたにしかできないことがある」
男は少し気を持たせるような勿体ぶった物言いをし、見せつけるようにまた脚をゆったりと組んだ。
「どうだ、うちの社長がやってる事務所に所属しないか? そうなりゃ、あんたも明日からすぐにドラマの主演女優だぞ」
「女優? ドラマって、それ、もしかして」
愛奈は唇を噛んだ。そこまで愚かでも世間知らずでもない。自分のようなずぶの素人がすぐにドラマで主演できるなんて甘い話がそうそう転がっているはずもないのだ。
「アダルトですか?」
つまり、この男どもは愛奈にAV女優になれと言っているのだ。あまりの屈辱に、愛奈は顔が燃えるように熱くなった。愛奈の心など知らぬげに、坊主頭の男は滔々と喋る。
「マ、見たところ、あんたは処女のようだし、それだけ出演料は高くなるはずだ。大体、AVに出るような子で、処女なんていないからな。初出演でロストバージンが撮れるなんざ、なかなかないチャンスさ」
次々と繰り出される言葉に心が抉られるようだ。屈辱をとうに通り越して、傷つけられた心は血の涙を流していた。しかし、男は愛奈の沈黙を躊躇いか恥じらいと勘違いしたらしい。
今度はやや優しい声音で宥めるように言った。
「いきなりAVが嫌なら、モデルはどうだ? もちろん、脱ぐことに変わりはないが、性行為を強要されることはないぞ? まあ、いつまでもというわけにはいかないだろうが、気持ちの整理がつくまでくらいは待ってやっても良い」
「私」
お断りしますと言おうとした愛奈の機先を制するように男が鋭く言った。
「言っとくが、俺はあんたに選択権を与えたわけじゃない。ただ、ほんの少しの情をかけてやっただけだ。こちらが優しくしてやったからと言って、あまり図に乗らない方が身のためだぞ、お嬢ちゃん」
愛奈の息を呑む音がヒュッと聞こえた。
「さて、どうする? 明日にはこれまで後生大事に守ってきたバージンをあっさりと棄てるか、それとも、しばらくは脱ぐだけにするか。この場で選んでくれ」
坊主頭に言われ、愛奈は唇を噛みしめた。固く眼を瞑り、戦慄く声で返す。
「AVに出るのは嫌よ」
「なら、モデルになるんだな?」
念を押すように問われ、愛奈は小さく頷いた。愛奈の気が変わらない中にと坊主頭が顎をしゃくると、それまで出番のなかったニキビ面がいそいそと持参したブリーフケースを開いた。中から数枚の書類を取り出した。
「話の理解が早くて結構だ。こんな場面で修羅場を演じるのは俺も苦手でね。中には泣きわめいたりする女の子もいるんだが、あんたは度胸が据わっているらしい。それじゃ、手始めに、ここにあんたの名前と印鑑を―、ああ印がなければ拇印でも良い」
「それは何ですか?」
愚かな何の力もない小娘だとて、言われるがままになる必要はない。愛奈が力なく問うと、男がニヤリと口の端を引き上げた。
「契約書類。別にあんたを騙くらかすつもりなんざないから、よおく読んでみるんだな」
男が言い終わらない中に、横から小男が何やら囁いた。ちらちらとこちらを見ながら耳打ちする視線はねっとりしていて何か嫌な鳥肌が立つようなものを感じる。坊主頭が頷き、また、こちらを見た。
「契約の前に、確かめたいことがある。まず、あんたが使い物になるかどうか、この眼で確かめさせて貰う」
愛奈は膝の上で組んだ両手に力をこめた。
「それはどういうこと?」
「言葉どおりさ。モデルになるというのなら、モデルとして通用するのか、事前に確認するんだ」
「一体、私に何をしろと―」
「服を脱いでくれ」
無情にも言い放たれ、愛奈は黒い瞳を忙しなくまたたかせた。この男は私にこいつらの前で服を脱げというの!?
「お断りします」
考えるよりも前に言葉が飛び出していた。
「そんな恥をさらすくらいなら、死んだ方がマシだわ」
プイと顔を背けた愛奈を見つめながら、坊主頭の男が小馬鹿にしたように嗤った。
「流石に世間知らずのお嬢ちゃんは甘いねえ。良いかい、あんた、世の中はそれほど甘くはないんだよ。ヌードだって馬鹿にしてるんだろうが、それでもモデルはモデル、仕事は仕事なんだ。身体にたとえ滲み一つでもあれば、あんたはモデルとしては失格なんだぞ。いつまでもお高く止まってるんじゃねえッ」
一見、物静かな雰囲気を纏う男が放った怒声に、愛奈は震え上がった。所詮、こんな男と自分がまともに闘えるはずもなかったのだ。
愛奈は敗北と絶望に打ちひしがれ、緩慢な動作で立ちあがった。
「着替えてくるから」
どうしても脱ぐという言葉は使えなかった。しかし、男はどこまでも容赦がなかった。
「今、ここで脱ぐんだ。最初は脱ぐだけで済んでも、いずれはAVに行くことになるだろう。たかだか俺たちの前で裸になるのビビッてちゃ、到底あんた、この世界でやってけないぜ」
「―」
男の声は静かながら、有無を言わせぬ口調だった。愛奈は更なる敗北感に打ちのめされ、唇を噛む。
「お嬢ちゃん、こう見えても、俺たちもなかなか忙しい身でね。いつまでもあんた一人に拘わってるわけにもいかないんだ。やるんなら、さっさとやって終わらせちゃくれねえか」
揶揄するような響きがあるのは、これまで生意気を言い続けた愛奈への意趣返しなのか。大の男が高校生相手に大人げないことだが、今の愛奈にそれに気づくだけの余裕はなかった。
愛奈は歯を食いしばる。立ちあがると、目を伏せたまま、セーラーの制服のスカーフを緩めた。シュルリと静寂にスカーフが解ける音が妙に響く。
前合わせのスナップボタンを一番上から、ゆっくりと外していく。固唾を呑んで見る男たちの双眸がまるで得物に飛びかかる寸前の獣のように欲情しているのも知らない。
ついに制服の上着がはらりと床に落ちた。制服の下はもうブラだけだ。お気に入りの白いレースのついた清楚なブラジャーに包まれた胸は既に大人の女性のものだった。
「近頃のガキは発育が良いなぁ」
小男が今にも涎を垂らしそうな惚けた表情で愛奈の胸を凝視している。
「さっさとしてくれ」
対する坊主頭は少なくとも小男よりは落ち着いて見えるけれど、やはり、そのサングラスに隠された眼には粘着質な淫らな光を帯びている。
作品名:監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~ 作家名:東 めぐみ