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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~

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☆☆

 果てのない海の底を彷彿とさせる室内はどこまでも静まり返っている。だが、それは異様な熱さを孕んだ静謐さでもあった。
 よくよく耳を澄ましてみれば、時折、その不自然なほどの静けさの底をひそやかな物音が這うのが聞こえる。あえかな声は苦悶を告げる呻きにも似ているのに、どこか艶めかしく濡れている。
 人の重みでベッドのかすかに軋む音、衣擦れの音が吐息混じりの忙しない息遣いに重なる。薄闇にふいに一つの光景が浮かび上がった。それは天蓋付きの大きな寝台でもつれ合う二つの影だった。大きな影と小さな影が烈しく絡み合い、離れたかと思えば、また引き寄せられる。
 若い男が華奢な女を寝台の上で組み敷いていた。まだ女と呼ぶにはいささか若すぎる幼さを可愛らしい面立ちに残しているが、少女の身体は小柄ながら、既に成熟した女性のものだ。
 男の唇が真冬に降り積む真白な雪のような膚の上を這い回る。熱い口づけで熟した林檎のような唇から、ふくよかに育った乳房の頂を辿りながら、男は幾度も少女の名を呼び、請うた。
「愛奈、お願いだから、俺の名を呼んでくれ」
 男はただひたすら希(こいねが)う。まるで、少女の白い身体を夜毎、日毎、こうして蹂躙することを悔いて許しを請うように。彼女から愛されない自分を憐れんで欲しいかのように。
 だが、少女はけして彼に愛を返してはくれない。数日前に初めて純潔を失ったときに泣き叫んだ彼女とは別人のように、時折、堪えがたい艶めかしい吐息を洩らす。それが彼の女体を知り尽くした巧みな愛撫の成果によるものだと彼は誰よりも知っていた。
 強情な彼女はそれでも彼の愛撫に感じている自分を認めまいと唇を噛みしめ、寝乱れたシーツの端をしっかりと握って声を洩らすまいと健気な努力をしているのだ。
「それで良い、小鳥はただ愛らしいだけでは物足りない。飼い慣らされまいと必死にあがくその姿こそが籠の鳥にふさわしいもの」
 お前は声を洩らすまいと堪えているその表情こそがかえって男の嗜虐心を煽っていることをまだ知らないのだね。
 耳許で濡れた声が聞こえ、熱い舌が耳朶をネロリと掠めた。
「今はそれでも良い。だが、憶えておいで。お前はいずれ俺の手に堕ちてくる。そして、快楽という名の魅惑的な鎖でお前の翼を縛り付け、二度と私の許から逃げ出そうなんて考えられないようにしてやろう」
 男は気まぐれに弄んでいた少女の胸の頂をそっと口に含んだ。執拗に弄られ吸われ続けた胸の蕾は唾液に濡れ光り、ほの暗い室内でもそれと判るほど淫猥に見えた。
「お前が幾ら強情を張ろうと、身体は正直だ。ご覧、ここはこんなにも俺を欲して固く凝(しこ)っている」
 熟れたグミのような二つの先端がまろやかな双つの乳房の上で誘うように揺れていた。さんざん弄り回された胸の先端は固く凝り、勃ち上がっている。彼がいきなりその一つをすっぽりと口に含むと、少女は苦しげな喘ぎ声を上げた。
 いや、それは苦しさを訴えるというよりは、堪え切れない快楽を逃がそうとするような―。
 男が少しだけ力をこめて噛んでやると、少女が悲鳴を上げた。
「ぁ、ああっ」
「気持ち良いのか痛いのか、最早、お前には判らないのだろう?」
 男が恍惚とした表情で少女を覗き込む。その小さな愛らしい顔は涙に濡れていたが、それでも、瞳はまだ反抗的な輝きを失ってはいない。残った意思の力を総動員して睨みつけてくる彼女の漆黒の髪を宥めるように撫で、彼は極上の笑みを浮かべた。
「これだ、この眼だよ。俺はお前のこの眼が堪らなく好きなんだ。すぐに堕ちる女なぞ、端から興味はない」
 もう一度、乳房の先端を甘噛みしてやると、少女は今度ははっきりと鼻にかかるような甘い吐息を洩らした。二人きりの室内には誰もいない。それでも男は自分以外の何者にも女の淫らな声を聞かせまいとするかのように、その形の良い唇を狂おしいまでのキスで塞いだのだった。
 少女は奪い尽くすような口づけで呼吸するのもままならない。ただひたすら涙を流し続ける。
―どうして、こんなことになってしまったの?
 兄のように一途に慕い、心から信頼していた男のあまりといえばあまりの豹変がいまだにまだ悪い夢を見ているようで信じられなかった。

 Sudduness(運命の狂った日)

 愛奈は深呼吸を一つした。これから向かうことは、先に進む上では、どうしたって避けて通れるものではない。父の娘として、亡くなった父のためにもきちんと対処しなければならないものだ。何故なら、愛奈はそれができるたった一人の人間だから。
 愛奈は無意識の中にセーラー服の白いリボンを指先で引っ張っていた。
 よく磨き抜かれた廊下を辿り、応接室のドアを開ける。かなりの広さを持ったそこにはオーク材の重厚なテーブルといかにも座り心地の良さそうなソファが対になっている。広く取ったガラス窓は庭園に面していて、手入れの行き届いた庭が一望に見渡せた。
「お待たせしました」
 わざとつんと顎を反らすようにして、ゆったりとした足取りで室内に入りドアを閉める。その拍子に複数の視線が一斉に自分に注がれるのが判った。
 招かれざる客は二人、やたらと背の高い坊主頭、小柄なニキビ跡の目立つ男の二人組だ。二人ともに黒いスーツに黒いサングラス、いかにもといった雰囲気で、違うといえば、のっぽの方はスーツの下に白いシャツを合わせているのに引き替え、小男は派手な今時流行らないアロハ柄のシャツを合わせていることくらいか。
 判りすぎるくらい判りやすい男たちに、思わず失笑が洩れそうになってしまう。と、忍び笑いに気づいたのか、小男の方がいきなり喚いた。
「何だ、何がおかしいってえんだ」
 愛奈は淡く微笑んだ。
「いえ、別に」
 借金の取り立てというよりは吉本新喜劇の売れない芸人の方が似合っている―とは流石に言うだけの度胸はなかった。
 と、それまで黙り込んでいた傍らの坊主頭が高々と組んでいた両脚を解いた。
「見たところ、随分と余裕があるようだが、お嬢さん。前もって用意しておくように指示した金は工面できたのか?」
 愛奈は更に傲然と顔を上げた。
「いいえ」
 彼女は彼らの向かいに座り、勝ち気そうな瞳に更に力をこめた。
「何だとォ。手前、俺たちを馬鹿にしてるのか、子どもの遣いじゃねんだからよぉ」
 ニキビ跡の男が叫ぶのに、横から坊主頭が片手を上げて制した。
「言っておくが、俺たちも遊びで来てるんじゃないんでね。あんたの親父さんが残した金はきっちり耳を揃えて用意しておけと言ったはずだが?」
 男はテーブルの上のクリスタルの灰皿を引き寄せ、ポケットから出した煙草に火を付けた。
「失礼ですが、部屋が汚れますので、煙草はご遠慮頂いております」
 余裕を滲ませた口調で言うと、坊主頭がフと小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、火の付いたばかりの煙草を灰皿に押しつけた。
「なかなかたいしたお嬢さんだ。だが、この屋敷はもう、あんたのものでも死んだ親父さんのもんでもないはずだ。あんたの親父はこの屋敷を抵当に俺らから金を借りたんだからな」