監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~
でも、拓人のしたことは結果として、金で愛奈の身を縛り付け将来の夢や自由を奪うことと何ら変わりはない。
「拓人さんは私の気持ちを全然判ってないよ」
愛奈は泣きながら首を振った。
「私、もう、ここにはいられない。拓人さんの気持ちを聞いてしまったからには出ていくべきだと思うし」
愛奈は背を向けた。大好きだった従兄から心がどんどん遠くなってゆく。でも嫌いにはなりたくないから、今の中に彼から離れた方が良い。きっと拓人のためにも。
けれど、拓人はそうはさせてくれなかった。いきなり背後から手を掴まれ、愛奈は振り向いた。
「放して」
「放さない」
振りほどこうしても、拓人の腕は絡みついたように離れない。
「お願い、これ以上、私を嫌いにさせないで。拓人さんを大好きなままの私でここを出ていかせて」
懇願するようにまなざしで問いかけると、拓人がゆっくりと首を振った。
「可哀想だけれど、この手を放してはやれない。そんなに容易く諦められる想いならば、最初から愛したりはしなかったさ。お前が俺を単なる従兄としてしか見ていなかったことは嫌になるほど知ってたからな。だけど、この際、それはどうでも良い。大切なのは俺がお前をもう手放せないことだけだ。愛奈、お前はずっとここにいて、俺のものになる。それはもう決まったことなんだ、諦めて自分の運命を受け容れろ」
だが、そんな理不尽な言い分を運命として受け容れろと言われて受け容れられるはずがなかった。
「私は絶対にいや。拓人さんの言いなりにはならないんだから」
愛奈はそれでも拓人の腕を振り払おうとする。と、彼の手が腰と背中に回り、愛奈は拓人に強引に引き寄せられた。
「―!」
愛奈は予想外の展開に愕き、猛然と抗った。
「何をするの? 拓人さん、止めて」
男の動きは止まらない。拓人は愛奈をグッと更に抱きしめると、今度は腰に添えた手はそのまま、もう一方の手で彼女のおとがいを掴み顔を仰のかせた。
「好きだ」
そのひとことと共に与えられたのは、焔のような熱を孕んだ口づけ。最初は軽く触れ合わせるだけのキスから、下唇を紅を塗るようにやわらかく舐める。
唇が一旦離れたことにホッとして愛奈が身を離そうとするのを戒めるかのように、いっそう強く抱き寄せられたかと思うと、また唇を塞がれた。今度は一度目とは比較にならないほど烈しい貪るようなキスが延々と続く。
「―る、苦し、拓人さ、ん」
呼吸すら奪うようなキスに目眩がして半ば意識が朦朧とした頃、息苦しさにわずかに口を開けば、今度はすかさずそこから彼の舌が割り込んでくる。
逃げ惑う舌を追いかけられ絡め取られ、また烈しく吸い上げられる。肉厚の舌がねっとりと歯茎や歯列をなぞり、彼の唾液が愛奈の口中を浸食していく。愛奈が来るまでに相当の酒量を過ごしていたのか、彼の舌は濃厚なウイスキーの香りがした。
長いキスを続けてすると、まるで愛奈自身もウイスキーに酔ってしまったかのような酩酊感を憶え始める。いつしか愛奈の口からは唾液が糸を引いて滴り落ちているが、それが彼のものなのか自分のものなのか判別さえつかなくなっていた。
どれくらいそうやっていたのか。拓人の腕からふっと力が抜けた隙を見計らい、愛奈は渾身の力で彼の胸を突いた。
「こんなこと、止めて!」
愛奈は狂ったように叫んだ。
「嫌いよ、大嫌い。最低だわ」
泣きながら書斎を飛び出した。そのまま、どこをどうやって歩いたのか記憶にはない。
気がつけば、小さな公園に来ていた。ここは毎朝、通る道、新しい通学路となった途中にある公園だ。確か、ここからI駅はすぐのはず。公園といっても、小さなブランコがあるだけで、狭い空き地を少しだけマシにしたようなものである。
愛奈はもう随分と年代物らしいブランコに乗ってみた。力を入れて漕いでみると、ブランコは軋んだ音を立てながら、ゆっくりと動く。
ギィーコ、ギーコ。
静かな夜のしじまに響くその音が何故か無性に物哀しくて、愛奈はまた、ひっそりと涙を零した。
いつから、こんな風になってしまったの?
どうして、そんな眼で私を見ていたの?
ただの従兄妹同士でいられたなら良かったのに。
でも、知ってしまった想いはなかったことにはできない。彼を愛してもいないのに、その想いに応えることはできない。
突然、ミャーという啼き声がして、愛奈は我に返った。足許に感じる小さな温もりに眼を瞠る。小さな黒猫が愛奈の脚にすり寄ってきていた。
「まさか、ね」
愛奈は一人、笑った。真っ黒で瞳の色が片方ずつ違う子猫など、そうそういない。しかし、愛奈が幼稚園児だった頃、自宅の近くの公園でしばらく面倒を見ていた親子猫の子猫は確かに真っ黒で片眼はエメラルドグリーン、片眼は金色だった。
でも、あれから既に十二年が経っている。あのときの子猫だって立派な成猫どころか、もう老齢だ。悪くすれば、死んでいるかもしれない。それだけの年月が経ったというのに、あの子猫が十二年前の姿そのままで再び今、現れるはずがないのだ。
けれど、今夜、あの子猫とそっくりな猫と出逢ったのも何かの縁のような気がしてならなかった。
「おいで」
愛奈は子猫を抱き上げ、そのやわらかな毛並みに頬を寄せた。小さな生命の温もりが今はささくれだった心を慰めてくれるようで。
また、止まっていた涙が溢れてくる。
公園の片隅には夜陰に紛れて、ひっそりとヒナゲシ(ポピー)の花が咲いていた。白い清楚な色が漆黒の闇に際立って見える。愛奈はブランコを降りると、ヒナゲシの花を一輪だけ摘み取り、子猫を抱えて歩き出した。
満天の星空の下、ゆく当てはなかった。結局、帰る場所はあそこしかないのだ。今の自分はあまりにも無力すぎた。ひっきりなしに頬を流れ落ちる涙が夜気に儚く溶けて散ってゆく。
六月初旬、日中は夏並みに気温は上がるものの、まだ夜は冷えた。クシュンと小さなくしゃみをすると、腕に抱いた子猫が気遣うようにミャーと啼く。愛奈は大丈夫というように子猫に微笑みかけながら、あの男が待つ家までの道のりをゆっくりと歩いた。
翌朝、愛奈はわざと階下に降りていく時間をいつもより遅らせた。むろん、拓人と顔を合わせたくないからだ。昨日の朝までは拓人が出勤する時刻にはいつもちゃんと起き出して、見送りにいっていた。その前に広いキッチンで拓人と向かい合って朝ご飯を食べるのが毎日の始まりになっていた。
朝食は大体は家政婦が用意してくれる。七時きっかりにはダイニングの縦長のテーブルにそれぞれの分がセッティングされているのだ。朝はほどよく焼いたトーストにスクランブルエッグ&かりっとしたベーコン、コーヒー、それにグリーンサラダだったり、フルーツが添えられる。
キッチンのテーブルはあまりに大きすぎて、まるで?最後の晩餐でもするような大きなテーブル?と愛奈が言うと、拓人は声を上げて愉快そうに笑ったものだった。
たまに家政婦が遅れるときは、愛奈が用意することもあった。多忙で外食に傾きがちな彼の健康を考え、愛奈が作るときは和食中心を心がけていた。味噌汁とご飯と焼き魚に野菜の煮物。そんな素朴な献立を拓人はとても歓んでくれた。
作品名:監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~ 作家名:東 めぐみ