ミステリー短編集 百目鬼 学( どうめき がく )
こうして百目鬼と芹凛は三日間徹底的に聞き込みを行い、今デスクで向き合ってる。だが芹凛はこの間(ま)が辛抱できず立ち上がり、マグカップにコーヒーを注ぐ。それから徐(おもむろ)に百目鬼に差し出す。
百目鬼はわかってる。こんな時、芹凛は自分の推理を披露したくて堪らないのだ。その鬱屈(うっくつ)を解き放ってやるかのように、「話してみろ」と顎を上げる。すると芹凛は堰を切ったかのように女刑事の意地ある主張をほとばせるのだった。
このビルのメンテ会社、つまりエレベーター保全業務をしている黒界(くろかい)という男がいます。彼は花形の高校の同級生、学業はトップクラスでした。しかし家が貧乏で進学できませんでした。
そんな黒界がある日見掛けたのです、流暢な英語で外人ビジネスマンと会話し、颯爽と歩く花形を。「ヨッ、頑張ってるじゃないか」と声を掛けると、花形に「Keep a distance from me ! 」、要は、俺に近寄るな! と怒鳴られました。
しかし、花形と同会社の経理部所属の女性社員、嫁姫沙耶(よめひめさや)は違いました。いつも笑顔で、黒界にご苦労様と声を掛けてくれました。
そしてある日、話しを聞いて欲しいと嫁姫から誘いがあり、黒界が会ってみますと、涙ながらに訴えるじゃありませんか。
恋人だった花形が出世できるようにと、今まで嫁姫なりに金銭的にも肉体的にも一所懸命サポートしてきたにも関わらず……。花形はその強い上昇志向で、経営に近い秘書、青夜恋夢に乗り換えた。結局、私は捨てられました、と。
さらに嫁姫は、黒界さん、あなたは花形に嫉妬してるでしょ、私は青夜にひどく嫉妬しています。あ〜あ、この地獄から抜け出したい、だから……、そう、復讐、花形と青夜の二人に鉄槌を下しましょう、と誘ってきました。
黒界は迷いましたが、花形の「Keep a distance from me ! 」の言い草が心の奥底に刻まれていて、最終的に合意しました。
そしてあの夜遅く、エレベーターのプロの黒界はまず防犯カメラをオフにした。それから黒界と嫁姫は15階のオフィスに居残る花形と青夜を殺害。その後、エレベーターの認証テンキーを操作し、普段通過のF号機を15階で停止させ、花形と青夜が15階とは無関係な階で殺し合ったように、F号機内に偽装したのです。
作品名:ミステリー短編集 百目鬼 学( どうめき がく ) 作家名:鮎風 遊