ミステリー短編集 百目鬼 学( どうめき がく )
「こちらは、あいうえおの館って呼ばれてますよね。皆さん何をなされてるのですか?」
紅梅がふっくらと蕾を膨らませてる。そんな玄関先で、百目鬼は亜瑠(ある)と名乗る女性と、最近その夫になったという管理人のオサムに質問した。
男は愛想笑いをし、「左の部屋から亜瑠、そして伊吹(いぶき)さん、宇砂戯(うさぎ)さん、炎(えん)さん、一番右が私、オサムで、その頭文字を並べて、あいうえおの館なんですよ」と、ちょっと的外れに返してきた。それを察してか、亜瑠が補足する。
「私たちは文芸仲間です。だけど、それだけじゃ食べて行けませんので、私は家政婦をしてます。また他の三人はレジ打ちとか、デパ地下勤務でした」と。
その一瞬だった、芹凛の目が獲物を狙う狐のように吊り上がった。
「デパ地下勤務……でした? なら、今は?」
こんな芹凛の突っ込みに、亜瑠は「みんな、取材旅行に出てますわ」とシレッと切り返す。まさに雌狐と雌狸の一触即発、鬼の百目鬼刑事であってもここは出る幕がない。
そして女の勘なのだろう、「生存されてることを証明できますか?」と芹凛が怯(ひる)みなく問い詰める。
しかれども亜瑠は淡々と「彼女たちのブログは更新されてるし、メールも来ます」と話し、「留守のお部屋の掃除代として、毎月10万円ずつの入金があります。それに家賃も……」と最後をはぐらかす。
この一瞬の不遜な間を芹凛は見逃さなかった。今度は真正面にオサムと向き合い、畳み掛ける。
「あら、随分と裕福になられたのですね。三人のお部屋をちょっと見せてくださいませ」
男は脇が甘い。こんなテンポに乗せられて、「伊吹さんに宝くじが当たりましてね。まっ、どうぞ」と手招きをしてしまう。
旅行中だという女性たちの部屋にはPCもない。見事に亜瑠によって痕跡は消されていた。それでも本人たちの物だと差し出されたサンプルをDNA鑑定したが、すり替えがあるだろうの予想通り発掘した白骨と合致するものはなかった。
作品名:ミステリー短編集 百目鬼 学( どうめき がく ) 作家名:鮎風 遊