星追い人
宴が一段落し、部屋に戻ったガレンは不機嫌そうだった。その様子を疑問に思ったローグがジャケットやシャツを脱ぎながら理由を尋ねると、ローグに出された壇のテーブルに上がっていた料理が全て不味かったというのだ。その言葉に納得したローグは地面に腕をつき、腕立てを始める。
「なんか知ってたでしょ」
「何が?」
「何がって、ローグは料理に全く口付けなかったじゃんか。知ってるよ」
「ああ、念のためにね」
「何?念のためって」
「毒入りだと怖いだろ?実際、何か入ってたみたいだし」
「薬草臭いと思ったらそういうことか!」
「壇の下の料理は美味しかったよ、そこそこね」
「騙された気分…」
がっくりと項垂れたガレンを尻目に、汗の浮かんだローグが立ち上がって首を回した。
「そんな君に朗報だ」
「何…?」
「ある任務をこなせば、干し肉の塊一つを報酬として与えよう」
「何それ!やる!」
「宜しい。じゃあ、まず手始めに外に行って赤い服の女の子を探して懐いてこい」
「赤い服の女の子?」
「そ、10歳くらいの。話を聞いて、その内容を後で僕に教えて欲しい」
「できるかなあ。とりあえずやってみる。ローグは?」
大きな尻尾を振り回しながら首を傾げたガレンに顔を向け、人差し指を口元に当てた。
「旅支度」
ガレンはローグの部屋を後にし、外へ出るための道を駆けた。時々青い衣を纏った人間とすれ違うが、ガレンに関心を示すこともなく歩み去って行く。剥き出しにされている階段の段差を飛ばしながら下りて行くと、満天の星空が広がるその下(もと)で、優雅に衣を舞わせながら踊る小さな影が目に入った。澄んだ声がガレンの鼓膜を震わせ、風が薄い中、歌は近くの木々をざわめかせる。
(あ。あの子に風が懐いてる)
滑らかに尻尾を動かすガレンに気づかないまま、少女は暫し畑の横で踊り続けた。
息が上がった頃に、彼女の目は、てとてとと近付いてくる生き物の姿を捉えた。
「…あなたは、確か旅人さんと一緒にいた子よね」
上気した赤い顔に穏やかな笑みを浮かべ、少女は衣を膝の裏に挟んでしゃがんだ。そして、ガレンを手招いた。ガレンはそれに躊躇いなく近付いて、差し出された手に鼻を着け、舐め上げた。少女、リアーはくすぐったそうに肩を震わせて、ふふっ、と吹き出した。ガレンの艶やかな毛並みを、慈愛溢れた優しいその手で愛撫した。
「旅人さんに飼い慣らされてるのかな?とても人懐こいのね」
耳をピクリと動かしたガレンは、足に力を入れてリアーの膝へ前足をかけて、後ろ足で蹴り肩に飛び乗った。突然肩にかかった重さに驚きながら、リアーは首元で動くフワリとした尻尾に笑う。すくっと立ち上がった彼女は、くるくるとターンを決めながらステップを踏む。ガレンは振り落とされないよう、前足と後ろ足に少し力を入れて器用にバランスを取った。
「すごいのね、落ちないなんて!旅人さんと話すことができたら、あなたのお名前を訊けたのに。残念」
ガレンは肩から飛び降り、リアーと目を合わせ、不思議そうに首を傾げた。
「不思議ね、あなたはまるで人の言葉がわかるみたい」
目を細める。
「わたしみたいに赤い服を着た踊り子は旅の人と話してはいけないの。旅の人を生け贄にするということを、話さないようになんだって…」
(旅人を生け贄に?っていうことは、ローグが殺されるってこと?)
ガレンは、地面に丸い深い色を落とした彼女を見上げた。
リアーが浮かべた愛らしい花のような笑顔は、しわくちゃに歪められた表情に埋まってしまった。不自然に、中途半端に上げられた口角から紡がれた声は、水気を帯びていた。
「最近は、雨が降らないの。泉の水も最近は嵩(かさ)が増えないってみんなが言ってて、みんなわたしのことを見るの。わたしが生け贄として死ねば、水が増えるって!まるで当然のことみたいに…お母さんを強引に連れて行って、あの暗い穴に落として…みんな笑うの…っ!」
へたりと崩れた彼女の手を伝ってほろほろと落ちる雫を、ガレンは舌で舐めとる。顔から手を離しガレンを見るリアーの目は、赤く充血していた。小さな体の彼は、頬と頬を擦りつけるように頭を押しつける。
「ごめん、ごめんね…わたしが死んでれば、君のご主人様は死なずに、済むのに……ごめんね…わたし、どうしたらいいか…わかんないよ…」
ぎゅうっ、と抱き締められたガレンは、小さく息を吐いてリアーの腕からすり抜けた。その時、彼のピクリと耳が立つ。
「どうしたの?」
「ローグ…?」
ぽつりと呟いたガレンに、リアーは目を剥いた。
「ねえ君、申し訳ないって思うんだったら俺に着いて来て。絶対だよ」
掛けられる声のまま頷いたリアーは、走り出したガレンの後を慌てて追った。
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