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星追い人

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 頑なに水へ入ることを拒んでいたガレンの首根っこを掴み、強引に水へ引き入れる。旅をしている最中に付着してしまった土埃を、ローグの少しごつごつとした指が毛と毛の間を縫うようにして綺麗に洗い流していく。耳に水が入らないよう、ローグがガレンにあれこれ指示をしていると、不意にガレンが口を開いた。

「今回はどれくらいの間ここにいるの?」
「どうしようね。少なくても、こんなところに長居はしたくないな」

 小さなブラシを手にして、ガレンの角を磨いていく。

「今日はゆっくり休んでください、明日は歓迎の宴です!って、はりきってたんだよな、あの爺さん」
「そんなに旅人が珍しいのかな?この調子なら、出て行く時も食べ物いっぱい手に入るかもしれないね!楽しみだなあ!」

 気持ちよさそうに目を細めながらそう言うガレンに同意することなく、黙々と角を磨いていく。土壁のようにくすんだ茶色で汚れていた角は、どこから見ても恥ずかしくないほど磨かれていた。本来の色であろう渋みのある栗色が、姿を現した。同種の雌があの薄汚い姿を見たら、鼻で笑って立ち去っていくことだっただろう。白と緑色の毛もすっかり汚れが落ち、水に反射して光っていた。

「僕は、簡単にここから出られるとは思ってないよ」
「どうして?そりゃあ、あれだけ歓迎されてたら後ろ髪引かれるどころか掴まれるかもしれないけど」
「…まあ、そうだね」

 煮え切らない言葉を返してから、岩の上に置いてあった布をとってガレンを丁寧に拭いていく。

「ところでさあ」

 布に包まれているせいでどことなくくぐもった音で、ガレンは言葉を編んでいく。

「髪、鬱陶しくない?特に前髪」
「前はこれでいい。後ろは、そうだな…そろそろ邪魔になってきたから切りたいけど、この集落から出た後にやるよ。今はいいや」

 ガレンを拭き終えて、泉に肩まで浸かる。ガレンはその様子を見ながら息を吐いた。

「なんで前髪切らないの?目が変だから?」
「それもあるし、人と目を合わせるの好きじゃないから。いいだろ、別に」

 ローグは大きく伸びをした後、一度上がってストレッチを始めた。ガレンが尻尾をぱたぱたと振っている。

「また潜水?」
「うん。目指せ記録更新、カウントよろしく」
「うけたりまわした」
「うけたまわりました、な」

 ローグは布の下に隠していた灯り石の入った酒瓶を手にして、再び水に浸かってから深呼吸を繰り返し、水の中へと頭を沈めた。ガレンはゆったりとした声で「いーち、にーい、さーん」と数え始めた。
 ゴポゴポコボ、という気泡の音を耳が拾った後、ローグが吐き出した空気以外の音はほぼ遮断された。彼はゆっくりと目を開け、数メートル先にある段差へと泳ぎ始めた。急斜面になっており、斜面の先はまた更に数メートルの穴のようなものがあると、老人は言っていた。この集落で一番の肺活量を自負していたというが、穴を見て引き返したと恥ずかしそうに告げていた。だから、決して興味本位で穴の先へ行ってはならないと。静かに水を掻き分けながら潜り続け、いとも容易に斜面へと辿り着いたローグはその先にある穴を覗き見た。多少の深さはあるようだが、最深部までいけないほどではないと判断し、彼は灯り石の入った酒瓶を片手に、潜った。水はとても美しく澄んでおり、灯りを散らしてくれる。ローグの髪と、光を求める泉の深い色が同化した。
 ものの数分で最深部に着いたローグはゆらゆらと揺れる前髪を一度掻き上げた。

(何もない、か…つまらないな。魚の一匹でもいればいいのに。壁には何か描かれていないかな)

 そう考え、彼は瓶を壁に近付けた。石が照らしたそれは、光を吸い込むようにして輝く碧い宝玉だった。恐る恐る指でその表面を撫でれば、耳にキュといういい音が届く。ローグは落ち着いた表情のまま、その宝玉を引き抜いた。しかし、何も起きない。手の平に収まるほどの、大きめの宝玉。小さく息を吐けば、その空気の音が耳に届く。そろそろ上がらなければ。宝玉を手にしたまま地面を蹴った。
 岩場では、ガレンが「ろっぴゃくにーい、ろっぴゃくさーん」とカウントを続けていた。すると、泡がボコボコボコッ、と水面から盛り上がってきた。ローグは勢い良く頭を水面から突き出して、咽せるように咳き込んだ。疲れた様子でガレンを見ると、ガレンは尻尾をぱたんと倒してから「あと三秒だったのに」と残念そうに彼に言った。

「そりゃ残念…だけど収穫はあった」
「何、何?何見つけたの?」
「それは部屋に戻ってから説明する。今はとりあえずこれをバッグに入れるのが先だな」
「何それ、宝石?」
「って言うには少しばかり、でかいよ」
 ローグはそう告げてから、布で水気をとってバッグの奥の方へと押し込んだ。


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作品名:星追い人 作家名:海山遊歩