星追い人
ローグは大きな荷物を部屋に置き、最低限の物をウエストバッグに入れて、老人の案内で崖の奥へと進んでいく。入り口にあった炎の光とは違う灯(とも)り石の薄い光が、広い通路を照らしているがやはり限度というものがあり、心許ない。奥に進んで行けば行くほど、壁に描かれている絵の色は発色が良い。ローグは、ふと一度立ち止まって絵を指でなぞった。度々壁画に登場している、大きな穴を連想させる黒い窪みへ頭から落ちている、赤い衣を纏った女の姿。表情や服の模様が多少違うだけで、身を投げ出している様子は同じ。そして、時々赤い衣とは違う、旅の服を着た女には見えない姿も間々描かれていた。
「どうしました?」
「いえ、色褪せていないと、もっと綺麗なんだなって思っただけです。何が描いてあるんですか?」
「ああ、それは”ミコト送り”の様子ですね。」
「ミコト送り、ですか」
それに頷いた老人は、伝説であることをあらかじめ伝えてから話し出した。
幾百年も昔、旅人が一人、この壁内集落にやってきた。
集落の者たちは旅人を歓迎し大いにもてなしたが、旅人は水神が祀られている祭壇へ行き、そこに安置されていた碧い宝玉を盗んで逃げたのだ。水神の怒りを買った集落には雨も降らず、水を恵んでもらおうにも近隣に頼れるような村もない。ここ周辺は元々水の少ない乾燥地帯で、作物も上手く育たず、家畜は死に絶え、飢饉が蔓延した。
何百人といた同胞たちは僅か数十人まで減ってしまい、遺体は無造作に積まれている者もいれば、死んだままの状態で放置されてしまっていた者もいた。その死体から出たと思われる病も流行り、それが拍車をかけたこともあり、弱った集落の人間はばたばたと死んでいった。
そんな現状を嘆いた当時の王が苦悩を極めていたところ、神付きの踊り子が自らを神に捧げることで怒りを鎮められるようにという意を示した。そして彼女は崖の奥深くにある底の見えない穴へ、神への祈りを詠いながら身を投じ、生け贄として命を絶った。
以来、国には恵みの雨が降り、豊潤な湧き水が溢れ出た。
王は彼女の誇り高き意志に感動し、集落の誰もが目にするこの壁にその姿を描き記したのだと云う。以来数年おきに行われる、生け贄として彼女が身を投じた穴に詩を送る伝統の祭りを、ミコト送りと呼ぶというのだ。
「その祭りはいつ行われるんですか?」
ローグの問いかけに、老人は笑顔で「三日後ですよ!」と言った。
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