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ガガーリン
ガガーリン
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岩窟の秘石

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 山内は勤務を終えて、リニアモーターカーに乗り込んだ。そこでも、山内が目にするものは、スマートフォンをおもちゃにゲームやアニメに夢中になっている人々であった。彼らは、一応労働をしているということで、「ポンコツ」を免れている。しかし、彼らとて一歩間違えれば、「ポンコツ」になりうる、いわゆる「ポンコツ」予備軍なのであった。「孤独」が彼らを巣食っていないとは、この車両の風景を見ただけではいえない。大声を出して、友達と仲のよいことを、見ず知らずのあかの他人にアピールしている高校生たちが、その胸の内に「孤独」を病んでいないとはいえない。他者との本当の意味での関係性がこの風景だけでは見えないからである。そう考えると、山内はどこか、この国の力・スピード・数の論理が支配する現実の中で、紙一重の差で「ポンコツ」を免れている彼らの先行きを案じざるをえないのであった。彼らが「ポンコツ」予備軍からいよいよ本格的に「ポンコツ」になったとき彼らは真にこの国、いやこの国の人々が「ポンコツ」に大きな圧力をかけてくるのを思うのである。「ポンコツ」という蔑称がただ単に、偏見・差別という言葉でしか言い表すしかないが、その実態は「ポンコツ」予備軍が想像している以上に、大きい社会的圧力を受けることを山内は「ポンコツ」自身あるいは「ポンコツ」の家族からいやというほど、聞かされているのであった。
 帰宅した山内はそうして書斎で、いつもの日課となっている研究論文に目を通すことをまるで、儀式でもあるかのようにおもむろに行うのであった。それは「孤独」についての特効薬についての研究であった。いっかいのメカニックマンとして山内もパソコンを覗き込み、熱心に研究論文を読み漁るのであった。ある研究者は、その「孤独」についての特効薬は「愛」というようなことを言っていた。だが、それが本当に特効薬であるかは、大きな疑問の余地が残されていたのである。というのも、インターネットが日常の情報ツールとなっている昨今、「愛」を「愛欲」と解釈するのが一般化されて、「一寸先は闇ならぬ、一寸先は18禁」の世になっていることが、もう2000年代の常識であったからであった。それが「愛」の定義として定着していた。山内自身は、そのことについて何かが違うという、違和感があった。「愛欲」は他ならぬ、男女の性愛のことであり、それは一時的には満足感を与えることは知られていたが、その後に猛烈な飢餓感を伴い、さらに依存性があることが知られていたからであった。この致命的な副作用は、性犯罪を誘発するということも、すでに2000年代初期より、知られていた。一方ある研究者は、はるか古代の宗教に見られるアガペーというものを、持ち出していた。アガペーは、一方的に相手に自らを与えるという、自己犠牲を伴うものと定義されていた。しかし、物質文明が猛威を振るい利己的に自らの欲望を追求することを是としている2050年において、見せかけの献身やそれを力説する者はあり得ても、本当に自己を犠牲にすることは、皆無に等しいのであった。相も変わらず山内は、同じ個所を何度も、読み直しては、ため息をつくのであった。
 山内は深い眠気に誘われた後、ふと気が付いたときには、なんと砂漠のど真ん中に立っていた。山内は何が何だか訳が分からずしばらく立ちあぐねていた。汗がじとじととにじんでいる。そうこうするうち、汗が流滴となって流れる。太陽はギラギラと容赦なく山内を照り付ける。当たりを360度見回した。一面砂漠かと思っていた山内はふと低い丘陵のあたりに、岩窟があるのに気が付いた。涼を求めるつもりで、その岩窟へと、激しく照り付ける太陽を避けるため、急いだのであった。穴に入った山内は穴に逃げ込むと、ほっとしたのであった。いったいなぜ自分がこんな砂漠のど真ん中に来たのか、一向に見当がつかない。山内は穴の出入り口付近でしばらく休んでいたが、奥の方に行ってみたいという好奇心に駆られた。注意深く、のそりのそりと山内は壁伝いに手で確認しながら、奥へと進んでいった。ぼんやりと灯りが見える。そして人影らしいものが、炎の中に揺れている。山内は、ごくりと唾を飲んだ。相手は一人である。その風貌は毛衣を身に着け、腰に皮の帯を締めている。まるで古代イスラエルの預言者のような風貌であった。いったいこんな穴の中一人っきりで何をしているのか。山内は相手の右や左に文字のようなものが書かれている巻き物がたくさん置かれているのに気が付いた。山内はこの対面が何だか、今まで味わったことのない感覚に満ちていることを不思議に思った。山内はしばらく、相手を注意深く観察していたのであるが、自らの身の安全を悟ったので、声をかけた。しかし相手は無言であった。山内はただ沈黙の中に何だか遠い昔のなかにいるような感覚に襲われた。その相手は炎を前に巻き物に文字のようなものを書いていたのであった。そこで山内は目が覚めた。夢であった。 
 山内の務める「修理工場」は、午前9時からが修理の開始時刻なのであったが、もう7時から来て並んでいる「ポンコツ」たちがところせましと横たわっていた。重い「孤独」を患う「ポンコツ」たちは立っているだけでも、疲れてしまう。座席に座れた「ポンコツ」は、まだ幸運であった。たとえ「ポンコツ」であっても、力・スピード・数の論理からは逃れられない。「孤独」を患った者同士でも、席の奪い合いや、視線による威嚇、知り合いであればお互い愛想がよいのであるが、コミュニケーション不能型の「孤独」を患っている「ポンコツ」は数の論理で、あちこちと空いている場所へと追いやられてしまうのであった。これらの光景は2050年の人間機械社会の日常生活のどこにでも見られるものであった。「修理工場」の修理受付には、まるであちら側とこちら側は別の世界とでもいうように鉄格子があり、この鉄格子が開けられるのは午前8時半であった。その鉄格子が開かれ、さらにカーテンが開かれたら、受付の事務員が対応することになっていた。受付の事務員には若い美女が対応する。なぜ若い美女でなければならないのか、そう思っている「ポンコツ」も少なからずいた。しかし言わずもがなであろう。そして上階にあるデイケアの扉も開かれる。大部分の「ポンコツ」たちはその上階のデイケアへ上っていくのであった。
作品名:岩窟の秘石 作家名:ガガーリン