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愛を抱いて 15

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カウンターの女性は、愕いた様に私の方を振り返ってから、世樹子の隣に腰掛けた。
「世樹子、知り合いなの…?」
彼女が訊いた。
「彼が、話をしてた鉄兵君よ。
ヒロ子はどうして…?」
カウンターの端にいた女性、浅沼ヒロ子は、もう一度私の方を振り返った。

 「トレーナーを買ってもらえるそうで…、どうもありがとう…。」
私は、まだ苦笑いの抜けない顔で云った。
「いいえ、どう致しまして。
楽しみにしてるわ…。」
笑いながら、ヒロ子は云った。
「それで、鉄兵君がヒロ子に声をかけたの?」
世樹子が訊いた。
「いや、声をかけて来たのは、彼女の方だ。」
「ヒロ子は綺麗だからね…。」
「本当よ。
私が話かけたの。
でも、その男性が世樹子の…。」
「ヒロ子…!」
世樹子はヒロ子の言葉を中断させた。
「あ…、御免なさい…。
鉄兵君って、想像してた通りの人ね。」
ヒロ子は云った。
「どんな男を想像してたんだい…?」
私は、前にも同じ様な事を云われた経験があるがと、思いながら訊いた。
「勿論、素敵な男性よ。
そう、カウンターにいた、あなたの様な…。」


                         〈二九、欠員の補充〉






30. 戸板女子短期大学合コン


 皆でフロアに下りて、再びテーブルに戻って来た時、チーク・タイムになった。
淳一は「理恵」という名の娘と初めから意気投合していて、その娘と一緒にフロアへ引き返した。
ヒロ子は「フルーツをもらって来る。」と云い、もう1人の女性を連れてカウンターの方へ行った。
私と世樹子は、2人きりで座っていた。
「鉄兵君も、チーク踊りたいんじゃないの? 
視なかった事にしてあげるから、踊っていいわよ。」
「そうかい? 
じゃあ、踊ろうかな…。」
私は立ち上がった。
そして、世樹子の手を取って云った。
「さあ、二人が戻って来ない内に、フロアへ行こう。」
「え…?」
世樹子は少し愕いた表情をした。
「踊ってもいいって、今、云ったはずだぜ。」
私と世樹子は、暗いフロアへと下りて行った。

 「ヒロ子と踊りたかったんじゃないの…?」
世樹子は小さな声で云った。
「別に…。
君と踊りたいと思ってた。」
「本当…?」
「今日は、香織ちゃんに悪いって云わないのかい?」
「…悪いと思ってるわ。」
「フロアに立ったら、外の事はみんな忘れてしまわなきゃ、ディスコに来た意味なんてないぜ。」
「忘れて…? 
そうね…。
そうする…。
でも、また外へ出たら、ここでの事はみんな忘れるわ…。」
そう云って、世樹子は私の胸に顔を埋めた。

 合コンにもシーズンというものがあった。
それは年に2回あり、1つは夏休み前の6月から7月半ばまでで、もう1つは学祭前の9月半ばから10月までであった。
その理由は、夏休みを供に過ごす彼女の調達と、女子大の学祭へ行くためのコネを作る事にあった。
「合コン愛好会」では、合コンで彼女を捜す事を禁じており、夏休み前の合コン・シーズンは関係なかったが、学祭前のそれには見事に巻き込まれた。
前期は、週に1度というペースを忠実に守った我々であったが、後期に入ってしばらくすると、1週間に2回以上というのが当たり前になっていた。

 9月29日、野口が幹事を務める戸板女子短期大学との合コンが、渋谷で行われた。
いつもの様に「乾杯・一気」で、コンパは始まった。
我々は合コンのやり過ぎで、身分不相応に女子大生に目が肥えていた。
また、合コンの席で、緊張感というものを全く感じなくなっていた。
間違っても、自己紹介などは決してやらなかった。
女の方から名前を告げるまでは、適当に仇名を付けて相手を呼んだ。
私の右隣には、紺のブレザーを着た女性が座っていた。
私は彼女を「麗子ちゃん」と呼んだ。
同名の女優に似ていると思ったからであった。

 その夜のコンパは、大荒れに荒れた。
「鉄兵、ちょっと来てくれ…。」
と、トイレから戻った淳一が私を呼んだのが、そもそもの始まりであった。
「何だい…?」
私は「麗子ちゃん」に「トイレへ行って来る。」と告げ、座敷を下りた。
淳一は私をカウンターの前まで、引っ張って行った。
「あの娘達なんだが…。」
淳一は、店の中程のテーブルを示した。
そのテーブルには、数人の女子大生風の女がいた。
眺めていると、その中の一人が私の視線に気づき、小さく手を振った。
「何だ、脈があるじゃないか。」
私は云った。
「そうなんだ…。
でも、どうする…?」
「女の子にサインを送られて、無視する様な奴は男じゃない。」
我々はそのテーブルへ歩いて行った。
「あなた達、奥で楽しそうに、何やってるの?」
私に手を振った女が云った。
5人の女が我々を視つめた。
手前の2人が横へ動いてスペースを作ってくれたので、私と淳一はそこへ座りながら云った。
「ただの合コンさ。」
「合コンなの? 
じゃ、あの女の子達には、今夜初めて逢ったの?」
「そうだよ。」
「だけど、凄く好いムードじゃない? 
一緒のサークルか何かかと思ったわ…。」
「合コンて、あんなに盛り上がるものなの?」
「さあ…? 
他の連中がどんな合コンやってるのか、よく知らないから。」
「私達も何回かしたけど、全然つまんなかったわ…。」
そこへ西沢がニヤニヤ笑いながらやって来た。
「こんな処で油を売ってちゃ、駄目だぜ。」
そう云って彼は、女と女の間に腰掛けた。
「私達ともぜひ、合コンをしてもらえないかしら?」
「御願いするわ…。」
「いいよ。
勿体ない誘いだ…。」
淳一と西沢と私は、眼で会話をした。
我々の合コンの予定は、既に10月の終わりまで詰まっていた。
「ちょっと、みんなに都合を訊いてみる。」
と云って、我々はテーブルを離れた。
カウンターのそばまで来て、私は云った。
「やっぱり、スケジュールがきついかな…?」
ただ、テーブルの彼女達の容姿は捨て難かった。
「10月の第3週が、4日間空いてるぜ。」
西沢が手帳を見ながら云った。
「よし、そこへ入れよう。」
我々はテーブルへ引き返した。
「10月12日辺りでは、どう?」
「私達は、いつでも構わないわ。」
我々はそのテーブルで酒を注文し、更に彼女達と会話を続けた。
彼女等は、共立女子大の学生だと云った。
いつの間にか、柴山が同じテーブルに座っていた。
そのテーブルは、既に合コンの様相を呈していた。
「奥にいる女の子達、怒ってるんじゃなくて…?」
そう云われて、我々は座敷に野口一人しか残っていない事に気がついた。

 座敷へ戻ると、戸板の女達は少なからずムッとした様子だった。
「御免、御免。
知り合いに逢っちゃってさ…。」
「酷いわ…。
長い時間放っておくなんて。」
「そんな事云わないで、麗子ちゃん…。
さあ、愉しく呑もうぜ。」
「私、麗子じゃないわ。
真由美よ。」
「…真由美ちゃん。
グラスを持ってくれよ…。
作品名:愛を抱いて 15 作家名:ゆうとの