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いつか『恋』と知る時に

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 雅樹の手が、今度は壽一の胸を押し上げる。壽一はその両手首を一つにして、彼の頭上に縫いとめた。
 呼吸が荒くなって動く雅樹の胸に掌を這わせると、体温が直に感じられた。これからの行為で、どんどん雅樹の身体が熱を帯びることを知っている。表皮だけではなく、身体の『奥』も――濫りがわしい感覚の記憶が次々と蘇り、壽一を煽る。
「ジュイチ」
 拒絶の言葉を吐こうとする雅樹の口を、壽一は唇で塞いだ。




 何度目かの劣情の放出を終え、壽一は雅樹の身体から離れた。雅樹は仰向けのまま動かず、天井からの光に目を眇めもしない。軋むソファの微かな揺れにようやく数度瞬きし、のろのろと身体を起こした。
 壽一が冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取って戻ると、雅樹は脱ぎ散らかされた衣服を拾い集め身に着けようとしていた。ボタンが飛んだシャツは皺くちゃ、スーツは二人で放ったもので汚れている。
「シャワーを浴びてきたらどうだ?」
「帰る」
「泊って行けよ 朝になったら送る」
「ここで眠れると?」
 雅樹が珍しく鼻で笑った。ぐらりと身体が揺れたので、壽一は支える。情事の後特有の臭いが互いから立ち昇った。
「とにかくシャワーを浴びてこい。送って行くから」
 壽一はそう言って、バスルームの方向に雅樹を押し出した。
 彼がバスルームに入ったことを音で確認すると、ソファを振り返る。同じレザーで作られたクッションは方々に飛ばされていたが、男二人でセックスした割には、思ったほど汚れていない。多少飛び散ったものを脱いだシャツでとりあえず拭う。後の手入れは朝一番にクリーニング・サービスに電話することにして、二人分の着替えを取りに自室に向かった。
 壽一は雅樹の後にシャワーを浴びた。その間に帰ってしまわないかと思ったが、雅樹は出しておいた衣服を身に着け、シングルチェアに座っていた。壽一は髪を乾かし、ゆっくり支度をした。
 部屋を出て地下駐車場に向かい、社用車ではなく壽一の車に乗り込んだ。その間、そして車が動き始めても二人は無言だった。
 助手席の雅樹は開けた窓から入る夜風に前髪をあそばせながら、真夜中の風景を見ていた。壽一はそんな彼を視界の隅に置いていた。
 今回も雅樹は、最初こそ抵抗して見せたが、すぐに観念したように身体の力を抜き、あとは快感に素直だった。『マグロ』には違いなかったが愛撫に感じていないわけではなく、壽一の背中に残った蚯蚓腫れの跡は、極まった彼が付けたものだ。
 同意なしに始まった行為を、そう簡単に受け入れられるものなのか。相手は同性で言わば征服されるに等しい。男として精神的に享受しがたく、これが自分なら最後まで激しく抵抗するだろう、少なくとも身体に情事によってではない傷をつけるくらいはするだろうと壽一は思った。
「なぜ拒まないんだ?」
 思ったことは言葉になった。雅樹は首を回し壽一を一見した後、また外に目を戻す。しかし答えは返った。
「逆効果だって知っているから」
 物憂い声は吹き込む風に紛れて聞き取り辛い。それもあって「え?」と聞き返すと、彼は前方に向き直る。
「逆効果だと言ったんだ。おまえは手に入らないものに執着するが、手に入ってしまえば興味を失う。抵抗して付き纏われても困るし、無駄にケガをしたくない」
 雅樹はシートに深くもたれかかり、「実際、もう気が済んだだろう?」と続けた。
 確かに、前回もそして今回も、すでに壽一の気持ちは雅樹から離れていた。自分の性格は壽一自身もわかっている。
(それを利用したって言うのか)
 だからと言って、女のように扱われることを選ぶものだろうか。
「雅樹は男が良いのか?」
 そう言えば、雅樹には昔から異性の影を見ない。彼は中学・高校・大学と公立で通した。当然共学で、バレンタインデーにはそれなりにチョコレートをもらって帰り、幼い弟妹に分け与えていた。壽一のように目立つ整い方ではなかったが、女子を惹きつけるには充分な面立ちをしている。いまだに浮いた噂がなく、独身を通していることを考えてみれば、異性に興味がない=ゲイなのではないか。それなら男と肉体関係を持つことも、異性愛者に比べれば抵抗がまだしも薄いのかも知れない。
 雅樹が怪訝げに壽一を見た。
「ホモなのかって聞いてるんだ」
 雅樹は「ああ」と納得する風に言った。壽一の疑問と推測がわかったのだろう。「くく」と喉を鳴らして笑った。
「身体くらい大したことないさ。よく言うだろう? 『犬に噛まれたと思えばいい』って。おまえと同じで、俺もすぐに忘れる」
 そう言うと、雅樹はまた顔を窓の方に向けた。
 壽一は唇を引き結ぶ。
 今回はともかく、前回は雅樹に想いを寄せての行為だった。壽一はそれまでに何度も「好きだ」と言葉にし、言葉にしなくとも態度で示し続けた。どうにも抑えられない気持ちの末に及んだ行為を、犬に噛まれた程度と一蹴するのか。そして快感に濡れた瞳も壽一を乞う言葉も、すべて計算づくのことだったのか――自分の性格によって信用を得られなかったことはどこかでわかっていても、プライドを傷つける雅樹の言い草には黙っていられない。再び壽一の心に火が点いた。
「身体くらい大したことない、すぐに忘れる…か」
 路肩に一旦、車を停める。
「ジュイチ?」
「だったら忘れられないようにしてやる」
 雅樹の腕を掴んで引き寄せた。今度は壽一の言う意味がわからないようだった。
「何を、言ってるんだ?」
「その口から俺を好きだと言わせる。本心から、俺が欲しいと言わせてやる」
 壽一の答えに雅樹が目を瞠る。凝視する彼の瞳が微か揺れ、それが壽一には抵抗に見えた。一瞬垣間見せただけの彼の、と言うよりも自分勝手な推測が、壽一の心に灯った火を煽る。
「これはまず手始め」
 そう言うともう片方の手で雅樹の後頭部を抑え、口づけた。