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涼子あるいは……

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簡易プリンターでプリントアウトした調書を町田が束ねて持ち、袋田の隣に腰を下ろした。袋田はそれを読み上げるどころか見もしなかった。金吾はそれを通読してから署名捺印した。
袋田の発言は調書には跡形もなかった。どんなトリックを使ったのか、いつ合図したのか。とにかく袋田は最後に自分の発言だけを消させていた。金吾から文句はつけなかった。
金吾は立ち上がった。町田は調書をそろえながら、催促するような眼つきで袋田を見た。袋田は坐ったまま金吾を見上げて言った。
「被害者の部屋は鑑識がいじくっちゃってましてね。この部屋は、鑑識も機動捜査隊員も入れていません。私と町田だけでズボンのポケットに手を入れたまま見てまわりました。
先生、今この部屋は、普段とどこか違ったところがありますか? きっとあるはずですがね。普段どんなだったか、私らにはわかりませんからね」
揺れているカーテンの向こうに、白熱した無人の運動場が見える。室内は完璧に整理整頓されている。床にはチリひとつない。机もテーブルも磨き上げられている。ベッドメイキングもタイトだ。薬棚の瓶や箱は分類されて整然と並んでおり、書棚の本や資料もまた然り。昼間の涼子の日常。無意味のレベルにまで達する清潔と精密。涼子はいつもこうしていた。
「普段どおりです」
金吾は、一礼すると、引き戸に向かった。しかし、戸に手をかけたところで立ち止まった。
背後の空間に、かすかに違和感をおぼえた。いつもどおりに整然と片付いてはいる。水平と垂直に空間が仕切られている。一ヵ所を除いて。
金吾はゆっくりと振り向いた。窓を見るような振りをして、窓際の書棚を見た。板綴じ式のファイルの並びの真ん中に斜めの線が走っている。つまり、ファイルが一冊引き抜かれているので、左隣のファイルが右に倒れて、隣の隣のファイルに寄りかかった状態になっている。たったこんなことでも、涼子はほっておかない。生理的に反応し、ファイルを詰めて揃えるだろう。
「何かお気づきですか?」
袋田がうれしそうな声を上げた。その猛禽類のような眼はぎらぎら光っていた。
「いや。部屋のどこかから蚊が飛び立ちました。羽音が聞こえましたので。お気をつけて」
袋田は落胆のため息をつきながら言った。
「超聴覚か。さすがですなぁ」
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦