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涼子あるいは……

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「袋田さんの狙いを早く知っていただいて、先生の精神的な重荷を少しでも軽くしていただければ、と思いまして。もちろん打ち合わせには先輩のプライバシーのことなんかは入っていません。先輩の矛先が本当は先生に向いてはいないとわかれば、先生も気が楽になるかと思いました。先輩の情熱の的は先生ではありません」
「情熱、ですか。いや、ともかくも、気をつかっていただいてありがとうございます」
二人はにこやかに微笑みあった。金吾は、ひどく居心地が悪かった。
引き戸が音をたてて開いた。袋田がぬっと入って来た。
「オイ、お前、戸の外で俺がしばらく立ちどまって中の様子をうかがっているかもしれんとは思わなかったんか? 地取りで、話を聞かされてばかりいたんで、その反動で、ちょっといい男が現れたのを幸いに、自分からおしゃべりしたくなったんだろう。軽薄なホモ野郎が。内部の人間のことを素人さんに得意気にくっちゃべりやがる」
袋田は、町田の脛を右足で蹴っ飛ばして追いやった。
「すいませんねぇ、先生。あのガキ、ホラばっかしぬかしやがって」
どっかと坐ると、五百ミリの缶ビールを二つテーブルの上において、そのうちのひとつを金吾の眼の前に押し出した。
「じゃ、失礼。先生もどうぞ」と言いながら上体を反らせてゴクゴクと呑み始めた。
金吾は、涼子が平日の帰りがけにアジールの事務所に寄って一時間ほどの事務作業をしていた、しかしその内容やアジールの組合員との付き合いについては全く聞いていないと、問われる前に伝えた。涼子に、アジールでどんなことをしているのか、訊ねたことはあったと思う。しかし、まともに答えてもらえなかった。はぐらかされていた。言っても分からないと思われていたのか、とめげる。袋田は、眉をしかめた。そして、これはつついても無駄だろうと察したらしく、あっさり追求をとりやめた。金吾が全くのノンポリであることも、涼子が金吾にアジールについて何も伝えていなかったことも、尋問しているうちにすでに悟っていたのだろう。
それからは袋田の独演会になった。話題は、最初は七十年代以降の過激派とアジールの活動に限られた。そのうち、戦後すぐの下山、三鷹、松川事件の話になり、果てはアラブゲリラの動向にまで及んだ。二缶目を飲み終えて、袋田は真っ赤になった。町田の手がとっくに止まっていても何も言わなかった。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦