涼子あるいは……
金吾のごくわずかの異常反応も見逃すまいとする袋田の観察意欲が、ほとんど物理的に伝わってきた。金吾は袋田がアジール打倒のためにこんなにも情熱を燃やしているのに驚く。
引き戸がひかれて、町田が入ってきた。一礼してコンビニのビニールバッグを袋田に手渡した。袋田は、汗をかいた白いビニール袋を透かしてその中身を苦々しげに一瞥すると、急におちゃらけて言った。
「こりゃあ、ジュンセイ麦茶じゃないか。察しの悪い奴だのぉ。お前、そもそも警察官には向いてないんじゃないか? 栃木に帰って、親がやってるビニールハウス、木屑で巨大トマト育てるやつ、手伝え!」
「あのぅ、こういうことと警官としての資質とは、関係あるんでしょうか?」
ソファの横に突っ立ったまま町田が抗議する。
「大ありなのに分からんのが資質ゼロの証拠だ。あっ、先生、すんませんな、ちょっと出てきますんで」
袋田は持っていたものをテーブルの下に置くと風のように消えた。
町田巡査部長は、しばらくもじもじしていたが、意を決したように、袋田が坐っていた席に腰を下ろした。
「袋田先輩、昔の過激派の話をしてませんでしたか?
あっ、ぼくと大学も同じで、司法試験浪人だったのも同じなんで、ついつい先輩って言っちゃうんですけど。中央の法学部です。ぼく、司法試験は今年も落ちましてね。彼女から、こんど落ちたら別れるといい渡されてます。なんでこんな個人的な話をしてるんでしょうかね。先生のこと、気に入り始めているんすかねぇ」
町田は恥ずかしそうに横を向いた。
「先生のアリバイチェックの資料が出来上がったら、過激派の話に移るという打ち合わせでした。被害者とアジールとの関係にこちらは最初から目をつけています。先生からもその関係について聞きだすためです。
七四年の三菱重工本社ビル爆破事件はご存知ですよねぇ。負傷者二六七人、死者八人。死者の中に唯一女性がいました。袋田さんのフィアンセでした。同棲中だったそうです。袋田さん、商社員だったんですが、すぐにやめて警察官になったんです。四課に入り、後に一課に移りました。あの人のライフワークは過激派の徹底的壊滅なんですよ。昔の恋人の敵討ちです。とってもわかりやすいんですよねぇ」
金吾はややしらけた。
「なぜそれを私にバラすんですか?」