涼子あるいは……
ここでたちまちもとの袋田に戻った。股を開いて腕を組んだ。
「相手を、お前が犯人だろうと脅したり暗示をかけたりするのが、小生、大好きでしてね! ぬけぬけと好きだなんて言えるのは、好きこそものの上手なれ、それなりの成果を上げてきたからでもありますぞ!」
部下がいなくなったとたん、おおげさに恐縮してみせる。そんなことをしても金吾の袋田に対する反感をなだめることなど出来ない。逆効果だ。袋田もそんなことは狙っていない。袋田の恐縮はたちまち居直りに豹変し、最後は自慢となって終わった。こういうところが金吾には理解できない。
袋田は、もしかして余裕があり余って、ふざけているのかもしれない。金吾をもともとなめきっているから自信があるのかもしれない。大間違いをしでかしているのに、断然優位だと錯覚している人間の、見るに耐えないずうずうしさ。弱みや隙をだからこそ見せるそのわざとらしさ。金吾はそれらの猥雑さを嫌った。その嫌悪が袋田の煽動だけから生じたのかどうかを危ぶんだが。
袋田が眉を大げさにしかめた。
「よろしいですか。誤解なさらないように。あなたは犯人ではありえても悪党ではない。そのくらいはすぐわかる。先生は、犯人候補名簿では、上から二番目です。はは、気休めを言いやがってとお怒りですな。ま、かまわんです。第一位はアジールです。なにせあいつらは悪党でもありますからね」
金吾の表情に出ているはずの不機嫌さを憐れんだのか、袋田は慰めの言葉を発する。無粋な寛容が、教え諭すような口調をとおして伝わってきた。生徒にむかつかれたので、別の話題でその矛先をかわして一時的に機嫌を取ろうとする教師のような話し振りだった。
「アジールのことはよくご存知ですよね。反日教組系の教職員組合としては全国最大規模を誇ります。本部は福生市金吾蔵野台二丁目にあります。
七十年代前半、新左翼、アナーキストたちは、ローラー作戦によって都心を追われ、多摩地区に逃げ込みました。彼らの多くは、三十近くになって教員試験をかいくぐり、この地区の教師になりすましました。革マルと中核のような、決定的に敵対する党派同士はともかく、その他の各派は大同団結して最後の砦に立てこもったのです。その梁山泊がアジールです。八十年代半ば以降に入ってきた若い教員層と指導層との間に軋轢はあるものの、実力では日教組をしのぎます。