涼子あるいは……
「会いませんでした。まだこの町に来て余り月日がたっていませんので、知り合いはPTAぐらいです。何度か遠くからPTAの誰かに挨拶されたようにも思いますが、だれであったか特定はできません」
「思い出していただけるまで待ちます」
今度は袋田が腕組みをしたまま目を閉じた。
金吾は仕方なく、何分間か苦吟し、やっと二人思い出して袋田に告げた。
袋田の尋問は執拗だった。金吾はうんざりした。心に受けた打撃が大きすぎた。しかし、そんなことはおくびにも出さず、相手の要求する精度に見合った回答を淡々と出していった。次第に闘争心がよみがえってきた。根くらべが延々と続いた。
「九時にはどこにいらっしゃいましたか?」
「銀座通りの山下酒店の前にいました。当然、酒を飲んでいました」
「お一人で、ではなかったですよねぇ」
「よくご存知ですね。同僚で体育専科の田中館先生に偶然会って、いっしょに飲みました」
「詳しくその様子をお聞かせ願えませんかね」
「割り勘で、嘉泉の一升瓶とぶっかき氷を買いました。紙コップはもらえました。店の前に置いてあったキャンプ用の椅子テーブルに陣取りました」
「先生が御酒をお買いになりましたか?」
「はい」
「どんな者からお買いになりましたか? 常勤の店員ですか? 祭りのときだけの臨時雇いですか?」
「若い女の店員から買いました。普段から、店にいる女性です。そばに年配の女性がいました。山下酒店の奥さんだと思います。おそらく二人は母娘だと思います。眼鼻立ちが似ていましたから。席につく前に涼子に携帯電話をかけました」
「田中館先生とは何を話しましたか?」
「とりとめのない、つまらない、体育会系の男の馬鹿話です。彼も、学生時代は槍投げの選手だったので、ネタはお互いにつきません。個人競技と団体競技の差とか、プロテインのとり方とか、試合の前の性欲の調整法とか、恥知らずに大声でしゃべりましたね」
「あと、筋トレをやる周期、新大久保の韓国飯屋、国立競技場のトイレ…… まあ,いいですがね,省略しないように。で、九時十五分は?」