涼子あるいは……
「手帳には事務的なことやスケジュールしか書いてありませんでした。とにかく記録の類が少なくて往生しております。被害者の部屋は整理整頓が極端なぐらいに行き届いていました。生活臭が皆無で、若い女性の部屋とはとても思われませんでした。先ほど申し上げたように、被害者は死を予感して、大掃除を敢行したに違いないですな。
あ、現場について、異常な点がひとつありましてね。ふふ、先生にとってはそうじゃないでしょうが。生徒に対する影響をかんがみて、特捜本部の発表には一箇所だけ嘘があります。
着衣に乱れがなかった、ではなくて、着衣がなかった、でした。
被害者は、裸体でちゃぶ台に上半身を臥せっていました。こういう状況は、ねんごろの男との間でしかもたらされないのですよ。あんな格好でも平気な相手は、一人しかいない。先生があそこにあの時いたとしか思えませんのですがねぇ」
袋田は、三白眼をぎょろつかせて金吾を睨んだ。顔にうっすら憐稟の情が浮かんでいた。金吾は袋田の発言にまたしても打ちのめされて息も絶えだえだ。
「ところで先生、十三分経っているにしては、もとのところからの移動距離が短いですな。まだ栄通りには屋台は出ていませんよね」
「……」
「先生、どうしましたか。しっかりしてください」
袋田は腰を浮かすと、両手をのばして金吾の肩を揺さぶった。金吾は袋田の顔を見ないように眼をつぶったまま口を開いた。
「中森生花店のすぐそばの駐車場は、屋台でいっぱいです。そこで生徒たちに遇って、たかられましたから」
実際、駐車場の前で、姫子や乙女たち女子グループ数人にとりかこまれて、焼き鳥を二本ずつ買ってやった。
ほとんどの子供たちは週末のイヴェントのために踊りかお囃子の稽古にいっているはずだったが、サボって遊びに出ている子も結構いた。彼女ら以外にも、俊平たちが歩道に座り込んでアイスキャンデーを食べていたし、太郎と友彦は熱心にカブトムシを見ていたし、寛治と辰則と智代はクリーニング屋の前で花火をしていた。
袋田は腕組みをしてふんぞり返っている。
「ドラッグストアから多摩自慢の出店までの間で、生徒以外に誰かと会いませんでしたか?」