涼子あるいは……
やがて木製の階段を軋ませる音が聞こえ、栗色の巻き毛が見え、さびしげな笑顔が覗き、気高い胸がのしてきて、ふっと細くなった胴体に続いて、頑丈な骨盤が浮上し、白いパンプスに支えられたまっすぐな脛が踏み込まれた。水色のワンピースに青い大きなバッグがまとわりついている。スラリと立ち止まり、一瞬首を横にかしげた。顔にたれてきた巻き毛を息で吹いて押し返した。
オードリ・ヘップバーンから愛嬌を引き、神秘を足し、かすかにやぶ睨みにすると涼子に極めて近くなる。顔だけでなく身長と体重もヘップバーンとほぼ同じだ。まったく、何度会っても、そのたびにため息をつかざるをえない美形だ。少し混ざってるだろう、と尋ねたことがあった。そういう話を聞いたことはある、と涼子は答えた。先祖の中にオランダ人宣教師が複数名いるそうだ。金吾は彼女の耳の形から判断して、ユダヤ系か、と尋ねたら、そうだったかもしれないと答えた。ユダヤ系は耳が立っている。
生徒たちに人気があったのは、彼らが幼稚園の頃から読んできた童話本の挿絵に描かれた魔法使いや森の妖精を涼子が彷彿とさせたからだ。
涼子が街をそぞろ歩けば、立ち話をしていたおばさんたちはおしゃべりを中断して呆然と見とれた。男たちのなかには、びくりとして立ち止まったり、何度も振り返ったりするものがいた。ある老婆が、すれ違いざまに独り言のように、きれいなかた、と言ったのを金吾は覚えている。涼子を見るや、口をあんぐりとあけたままあとをついて来る子供もいた。
涼子はにっと右唇の端を上げると「遅くなってごめんね」とつぶやいた。
金吾は席に坐った彼女に見とれる。体全体が伸びたS字を描き、そろえた足先で途切れている。夏の最中なのに、肌が白すぎて異様なほどだ。脚も腕も頬も薄暗闇にぼうっと白く浮き出ていた。
子供のころは健康優良児で、バレーボールによる突き指で外科に行ったほかは、今まで病院の世話になったことがない。
仕事場では、まじめで、沈着冷静、手抜きをせず、几帳面。人付き合いや面倒見がよいので、高い信頼を得ている。