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涼子あるいは……

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きのうは、涼子と別れてから、福生署で剣道の練習に汗を流した。祭り見物をしながら涼子に電話をかけた。涼子の携帯は応答しなかった。見物の途中で飲んだ日本酒がきいて、部屋に戻るや否やベッドに倒れこんで寝てしまった。しかし消防車のサイレンの音を聞いて、かすかに目を覚ましている。『こちらは防災福生です。火災が発生しました。場所は……』
くそっ、後半は聞きのがした。福生市福生奈賀2027番地だったはずだ。聞き取っていたならば跳び起きていただろうに。しばらくして、『先ほどの火事はぼやでした……』と放送されたはずだ。しかしその時はもう眠りこけていのだ。
金吾は他のチャンネルも見た。ウェブのニュースも見た。書き込みも見た。2チャンネルでは、早くも犯人当てを話題にしていた。
恐るべき事実が確認された。
教頭に電話をかけ、できるだけ早く行く、とだけ言って切った。
学校に行く前に、涼子のマンションに行かなければならない。見なくてはならない。
だが、マラリアにかかったように体中が痙攣していた。いくら空気を吸い込んでも足りない。息を吐けなくなってきた。過呼吸状態だ。テレビと携帯をオフにした。失神しそうだった。用心のため、立ち上がらずにベッドに腰掛けたままの姿勢を保った。いや、腰が抜けてしまった。
去っていく涼子の背中が再び見えてきた。

金吾は、涼子と、前日の六時に、市内の銀座通りにある喫茶店『穂高』で待ち合わせた。
銀座通りの左右にはすでに飾りを施された孟宗竹が斜めに突き出て並んでいた。たくさんの竹が、両手の指を指先のところで組むようにして、隣の駅まで延々と続いていた。竹の笹と飾りの向こうの上空を見ると、昼間はソフトクリームのように空を突いていた入道雲が、強烈な陽光に照らし続けられた結果、融けて崩れて扁平になって、西日を浴びながらゆっくりと北へ流れていた。焼き鳥や焼きそばの匂いが通りに漂い、呼び込みの声があちらこちらから聞こえてくる。喫茶店の左隣の駐車場では、鉦と太鼓にあわせてひょっとこ踊りを演っている。コオロギの鳴き声が湧き上がってくる。
金吾は店の二階の一番奥の席に腰掛けた。コックピットのような、腰にぴたりと張り付く椅子を、金吾はおおいに気に入っていた。
階段のほうを見やりながら涼子を待った。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦