涼子あるいは……
ところが、プライベイトな場であらわれるのは、高い山の尾根でとび跳ねて遊んでいるような、恐れを知らない、天真爛漫、ややあぶなっかしい性格だ。時々谷底に転落するらしくしょげて鬱になる。そのくらいは仕方がない、奔放である代償だ、元気な証拠だ、むしろほほえましいと金吾は高をくくっていた。
近頃はその躁鬱を短い周期でくり返すようになった。転落がたびたびのようで物思いの時が多い。何かに耐えている。さすがに金吾も心配になって、理由を聞いてみることもあったが、別に、でいつも済ませられた。そのたびに金吾は不服だった。金吾の存在理由が怪しくなるからだ。涼子は弱音を吐かない気丈な女だ。嘘はつかないが、余計なことは言わない。そのぶん金吾は余計な憶測をして消耗する。
しかし金吾も一人で考えて決断し行動するタイプだ。他人にあれこれ相談することをだらしないと嫌う。彼女も似たような人格の持ち主なのだからと諦めてこちらとしては結局放っておいてきた。
「金吾君、まだ注文してないの。ここ、ビールあるでしょ。飲もうや」
「喫茶店だからな。あとで飲み屋に行けばいいだろ。それから、またくんづけで呼んだな」
「ごめんね。それから、もひとつごめんね、金吾さん。わたし、今日は、ここだけで失礼するわ」
「なんで」
彼女は太腿に両手をそろえておくと、親戚のおじさんにいとまを告げるように、他人行儀に言った。
「これから人に会うのよ。それに、一身上の都合により、お酒はもうやめようと思うの。この喫茶店での金吾さんとの一本で終わりにするの。他にもやめようとすることがあるけど、それが何かは言わない」
思わせぶりな、と金吾は舌打ちをした。しかし、心配になった。
「金吾さんとのことをやめようなんて思ってないから安心おし」
見透かされているのをごまかそうと金吾は大きな声を出す。
「禁酒だなんて。大酒飲みの女が。ウオッカにパンを浸したり、ご飯に日本酒をぶっかけたりして食べてるくせに」
「金吾さんは前から気がついていたと思うけど、私、体調が悪いの」
「体調が悪いだって? そんな馬鹿な。気がつかなかったな。
躁鬱症ぎみであるのはわかっていたけれど、それはあくまで気分の問題で、肉体に問題はないね。君の体調は君よりもよく知っているのだ! 君の体は、ずっと雌トラみたいだ。