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涼子あるいは……

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あるいは、先生の子ではないと聞いた瞬間に、個別の夢から覚め、幻想一般に生きる立場にたちかえり、この不実で淫乱で男の自尊心を踏みにじる女は生きるに値しないと冷静冷酷に判断して、何の呵責もなく、いわば天誅を下したのではありませんか? 幻想は自己保存と自己拡大を図る、ともおっしゃったばかりですよねぇ。
ありうる、大いにありうる。いや、ありうるどころか、もう既にあったんですよね? あのぉ、やっちまったことですよねえ? 私だって、女房が、どこの馬の骨かしらん野郎と寝まくって、がきぃー孕んで、生みたいとぬかしたら殺しかねない。よおくわかります。ハハ、おんなじじゃあないですか、先生も私も! 細かいお話はあとでいいですから、かいつまんで白状なさったらいかがです?」
金吾は、あまりの馬鹿ばかしさに驚いた。袋田が、どんどん見当違いの方向へ、捜査を進めてほしいと、心の中で乞い願った。しかし、袋田を非難したり笑ったりする余裕など全くなかった。涼子の仕打ちに打ちのめされて立ち上がれなかったからだ。 
「被害者の直腸体温は室温よりもまだ五度高い三十一度でした、死後の時間経過が短いことを考慮して、血液凝固速度以外に、五種の蛋白質の分解速度を測りました。分解速度グラフはS字曲線を描きますが、いずれも、プラトーには達していなかったので、逆算の精度が高く、共通な時間区間は充分狭く絞れ、プラマイ二十分で死亡推定時刻が出ました。
八時四十分から九時二十分までの間に犯行が行われました。
あらためてお聞きします。昨晩、八時半から九時半まで、どこにいらっしゃいましたか? 誰に会いましたか?」
袋田は、額に何重にもしわを寄せて、三白眼で金吾を睨んだ。金吾は、精神の衰弱のあまり、なんだか本当に自分が涼子を殺してしまったようにさえ思えてきた。しかし負けてはいられなかった。
「八時半にはホッタドラッグストアの前にいました」
「周囲の状況をお聞かせ下さい」
「祭りの初日でしたから、たいした混みようではありませんでした。百メートルほど上空に、蛍光塗料を塗ったツエッペリン型の飛行船が浮かんでいました。」
「なぜ八時半だとわかりましたか?」
「駅前広場にある時計塔を見たからです」
「なぜ見たんですか? それに、普段はともかく、昨日は祭りの第一日目ですから、七夕飾りで見えなかったはずです」
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦