涼子あるいは……
「DNA鑑定の一部も送られてきました。十七のチェックフラグメンツでまったく重なりませんでした。検査途中ではありますが、先生の子ではなかったことが、ゼロコンマ以下の九が四桁以上の確率で判明しました」
金吾は息をのんだ。声が出なかった。つくづく打ちひしがれた。涼子が隠していたのは妊娠だったのか。
自分の子ではないことは断言できる。涼子と、日野にいる金吾の母親しか知らない秘密が根拠だ……
それにしても、涼子とはいったい誰だったのか? 自分は何者を相手にしていたのか?
「私が浮気していたらどうする?」
涼子は浮気どころか妊娠までしていた。金吾はとっくに裏切られていた。信頼されていると安心して前を行く金吾を涼子は背後から袈裟懸けに切っていたのだ。今や「どうもしないね」どころではなかった。そんなせりふ、誰がほざいたのか。
金吾はやっと息だけで言葉を吐き出す。
「知らなかった。気づかなかった」
「それは嘘ですね。若いときは、まず相手の生理を知り尽くすものです。背景、思想、嗜好は後まわしです。女の下腹の具合がわからんはずはない。男にとって、それが最大の関心事だから。一番面白くて一番怖いから!
妊娠三ヶ月でしたよ。正確には受胎後六十一日以上七十一日未満。DNA解析によると男児でした。
先生は彼女の妊娠に気づいた。あるいは彼女がそれを先生に伝えた。そして、ここが重要な点ですが、彼女は、お腹の子が、先生の子ではないと告白しました。口をぬぐって先生の子として育ててしまうことはこの場合は不可能なんです。生まれてすぐに、血液型の検査でわかってしまいますから。それに彼女なら現時点でおなかの子の血液型を推定できたでしょうからね。あなたの子ではないけれど産みたいの、などと理不尽で勝手なことを言ったかもしれませんね。
先生は、俺以外の男はいないはずだと空威張りなんぞしたんでしょうね。すぐに、彼女自身が白状しているのにそれは滑稽なことだと気づき、悩み悶え、見も知らない男に対する嫉妬に狂った。対幻想の倒錯性が眼の前で露わにされ、自尊心を生まれてはじめてないがしろにされて、彼女を難詰し、大喧嘩の果てに大変なことに到ったんではなかったですか? 先生はつい今しがた、幻想は落胆の責任を個々の相手に転嫁する、とおっしゃいましたよねぇ。