涼子あるいは……
「覚醒しきって、しかも幻想に駈られて、人を殺す。この場合、まったく罪の意識がないでしょうな。当然の事として人を殺す。反省、弁解、懺悔、悔恨、良心の呵責、一切無関係だ。幻想がたまたま殺人者を窓口にしただけですから。理性的で、論理的で、教養豊かで、心に一点の曇りもない人間が、当然妥当だと判断して人を殺す。確信犯と違うところは、信じるなどという精神の偏りがない点です。心神喪失、譫妄状態にある殺人者は、ゴマンといますが、このような覚醒しきった殺人犯がもしあらわれたなら、説得も教育も無効でしょう。問答無用でふんじばってさっさと終身刑か死刑にせねばならんでしょうな。今回の事件の犯人も個人の利害や愛憎を脱した、覚醒した、幻想に駆られた人物です。それにしても、幻想の真っ只中で極限的に覚醒している殺人犯! すばらしい! なにやらその姿が見えてきそうですな。二十一世紀の殺人犯はそうでなくっっちゃあねぇ。おーっとっと、私としたことがまったく何を言っているのやら! 二十行削除!
で、昨晩、八時半から九時半までの間、どこにいらっしゃいましたか?」
袋田は、ぶらぶらさせていた腕を急に組み、ギョロ眼で天井を仰いでからおもむろに金吾をにらんだ。いよいよ来たか、と金吾は思った。
自分が犯人扱いされるのは覚悟の上だった。疑いはさっさと晴らさなければならない。長期間の取調べは金吾にとって足かせになる。
金吾は誰にも譲れない行動をとろうと心に決めていた。涼子の死が、行動せよと金吾を駆り立てていた。金吾は涼子がだれにどういうわけで殺されたのか、知りたくてたまらなくなっていた。悔恨にいくらのた打ち回るはめになってもかまわないから、涼子の本当の姿を知りたくなっていた。金吾は、傲然たる自信を持って事件解明は自分だけに与えられた使命だと自惚れていた。
自惚れすぎた金吾は、たちまち犯人のめぼしがついたような自信さえ持っている。涼子は喫茶店穂高で、この後ひとに会う予定だと言った。そいつが犯人だ!
袋田が猫撫で声で語りかけてきた。
「オーッと、順番を間違えてしまった。どこにいらしたのか、お聞きする前に、先生のお部屋の捜索をさせていただいてもいいでしょうか?」
「拒否したらどうなりますか? 令状なしでしょ? 不愉快ですね」