涼子あるいは……
「幻想は拡大膨張伝播遺伝していきます。幻想が悪貨だとしての話ですが、良貨を徹底的に駆逐します。良貨とは、純生物的な本能のことです。どうしてそうならざるを得ないかというと、人間の生存をつかさどる中枢が幻想領域にしかないからです。その領域の外にたとえ何かが見えたとしても、たかが彼岸の風景に過ぎません。人間固有の生存も倒錯から生じました。例えば、貨幣は人間自体の倒錯の投影の一実例に過ぎません」
袋田は、右手で左の肩をわざとらしく叩きながらいかにもうんざりしたようにつぶやいた。しかし話題を変えようとはしなかった。金吾の何かを嗅ぎつけたらしかった。
「ご高説を拝聴しましたが、やっぱり観念的過ぎて、わかりにくいこと甚だしいですね。
人生夢幻、とは、歳のせいで、近頃とみに募る感慨ではあります。最初は、それと一脈相通じるところもありそうに思っておりました。しかし、通常使われている幻想という言葉から連想されるのとはまったく違うことをおっしゃっているらしい。具体的な制度や体制、法や道徳のことでもないらしいですねぇ。おっしゃる幻想が、そういうものを生んだりそういうものから生まれたりは、しないでもなさそうですがね。
ただし、私らのような仕事をしているものにとっては、興味津々たるところもある。矛盾した感想ですがね。われわれが問題にするのは、一方では、眼に見え、形にあらわれる行為、行為の痕跡、もう一方は、犯行動機です。今のお話は、犯行動機の正体は何ぞや、という問いの答になっているかもしれんですな。
おんや、そう思いついたとたん、なんだか急に、うれしくなってきましたぞ。こりゃかなわんなとは正直言って思いますよ。しかし、あっとおどろく真実をうかがっているのかも知れませんね。私めの愚問でさらに話を盛り上げて、かまわないでしょうか?」
袋田はおだてているのか?
「かまいませんが、そうすることが、今有効ですか?」
いかん、甘い。あくまで突っぱねろ。
「先ほどから無駄なことはしてこなかったつもりです。是非ぜひ、お答え願いたいんですがね。どうして幻想は、そんなに強力なんでしょうか。本能の代りだ、とはおっしゃいましたから、そりゃあ、強かろうと思いますが、何がそれを強化しているのでしょうか? 何がその強さを維持しているのでしょうか?」
忌々しいが、敵はさすがに聞き上手だ。