小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

涼子あるいは……

INDEX|74ページ/217ページ|

次のページ前のページ
 

みんなが騙されていました、と本当は言いたかった。文化現象だけでなく、社会も経済も一律にこのインチキで説明されてきたからだ。情報も貨幣も足かせが外れた恣意そのものとされた。それを解放だと受け取ってみんなが浮かれた。近代を脱したのではなく、近代の本性があらわれ、近代が退廃した百年間だった。
「とすると、先生は、言語を編み出した何者かは、近代的な知性では計り知れない、それこそ何やら、カオスのようなものだとお思いなのですね?」
「そうです。決して近代知ではない。カオスに網の眼をかけようとするカオスということになりますね。しかし、そうなると、もう網なぞ使う必要はない。自然とそうなる……」
最後は独り言のようになった。金吾には、もの思いにふけるとき、独り言を言う癖がある。生徒たちには、オヤジくさいと言われている。
自他なぞがない世界、ない関係、関係とはいえない関係。涼子とは、そんな世界に住み、そんな関係にあったのだ、などと思いにふけりながら、金吾はただぼうっとしていた。
袋田の、いかにもうんざりだといったふうのあくび声が聞こえた。金吾はなんとかして気をとりなおそうと努めた。袋田に負けてはならない。
物思いにふけっている暇はない、それは、危険でもある。問いに対しては、結論だけを手短に述べていくべし。
以後、袋田の質問に、金吾は機械的に答えていった。そんなやりとりが興奮に対する鎮静剤として効いてくるのがわかった。徐々に落ち着いてきた。袋田のいかにも人慣れた口振りが憎らしかったが。
「結局、おっしゃっていることがよくわかりませんねぇ。私なんぞ、職業柄、膨大な犯罪資料を前にして、このカオスに眼鼻をつけられるルーティンがあれば、どれだけ楽ができることかと、日夜思いをめぐらしております。近代知でも、金田一でも、何でもいい、そんなものがあったらなあと、これは怠け者の見果てぬ夢です」
巡査部長がキーを打ち終えて向こうを向いたままで「いいんですか」と先に声をかけた。
「みんな打て。何度も言わせるな。お前、面倒臭いんなら帰ってもええよ」と、袋田は後ろを向いて再び別人のような声で答えた。
すぐさま振りかえって笑い顔で続ける。
「岡田先生、じゃ、この、対幻想の心理学というのは、どんなものでしょうか」
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦