涼子あるいは……
以上、間違いないですかね?」
「ほぼあっていると思いますが、短時間によく調べましたね」
「この程度はあっという間にわかります。便利になったもんですな。私が駆け出しの頃と比べると、今昔の感ひとしおです。
もうちょっと細かいことをご披露しましょうか。岡田先生の特技の一つに、犬笛が聞こえる、というのがありますね。可聴振動数が高いということですよね。こりゃ、聴覚だけの異能性ですか? 視覚や嗅覚には及んでいないんですか?」
「自覚できる範囲では聴覚だけです。低周波領域の聴覚は通常人よりも劣ります。可聴領域がずれているということです。子供のころから身体障害だと思い、あまり人に言ったことはなかったんですが、どこで仕入れたネタですか?」
金吾の不快感を無視して袋田はしゃべり続ける。無視が似合う男だ。
「いやなに、便利な世の中になりましたんでね。実は、私もね、とても先生ほどじゃないですがね、商売柄、嗅覚が利くんですよ。先生の場合のような先天的なもんじゃあなくて、長い間に否応なく鍛えられたものですので、たいしたレベルではありませんがね。それにしても、先生の超聴覚を知って、なにやら、奇遇、といった感じを覚えましたな。面白いですなぁ」
袋田は鼻をわざとヒクつかせながら上半身をゆっくりと金吾に向けて傾けてきた。金吾は息をつめた。
「随分と酒臭いですな。とっくに生徒にばれてますよ。汗も随分とかきましたな。ガソリンの臭いがしますが。先生は確か車の運転はなさらなかった……」
「朝、道でころんだ時についたんでしょう」
「肝心なものの匂いがしない。下着も上着も昨晩のものではないようですね」
「肝心なもの? なんですか、それ?」
「……精液です」
「嗅いで分かる? ありえない!」
「すいませんね。けど、分かるんで。あなただって、聞こえる聞こえないで、同じ経験をしてきたでしょうに。
被害者の体内にではなく床に付着していました。丹念にふき取った跡がありました。犯人の手がかりがないと朝申し上げましたが、あると言うとそれは何かと問われるのも面倒なので嘘をつきました。これがたった一つの手がかりです。畳表をその部分三十センチ×三十センチだけ切り取って、鑑識にまわしましたが、微量につき判定不能と返ってきてます。いったいどんなことがあったんでしょうかね」