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涼子あるいは……

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あなた方との付き合いは教育と思っていません。あなた方は同業者ですから」
金吾は、この人物が、自分の秘密と称することがらを疑似餌にして、今までどれだけ弟子たちの散逸を防いできたことか、と苦々しく思った。
「なぜ、先生は逃げ腰なんですか?」
「逃げ腰かぁ。そうも言えるな。ここだけの話ですがね、私の過去、私の生のもと、私の少年期なんぞに対面したくありませんからね」
「よくもまあそんなことで、教育学の泰斗だなどと、ぼくらを騙して……」
金吾は、腹を割っての話なんぞを聞かされるのが大嫌いだった。汚いはらわたなど見たくなかった。
金吾は不快のあまりふざけ半分になった。わざと鼻先で笑ってみせた。そうすることで相手が鼻白み、話をやめてくれる可能性もあったからだ。しかし結果は裏眼に出て、教授は声を怒気でかすかに震わせながらもしゃべり続けた。
「何を言っていらっしゃるのかね。それが学問にいくらかでも関わった人間の発言ですか。学問は荒地や嵐の中では決してできません。十年二十年三十年にわたる安寧な環境と平静な心の持続を必要条件とします。その条件を満たさないと、皮相な現場報告か無内容な観念論に堕します。
もし小学教員になったとしたら、見たくないもの、子供たちの野蛮、無知、無関心、鈍感、荒涼、限界をわきまえない暴力と無慈悲等々に対峙せざるを得なくなって、必ずやあなたは眼をそむけ、後悔するでしょう。
子供なんて、糞尿の臭いふんぷんの、心身ともに汚らしいコビトです。そもそも私は、差別主義者です。子供、コビトが大嫌いです。矮小な悪魔たちだ。下から槍で突くように邪悪な視線で世間や私を見上げているんだ。私は、やつらへの面当てでこんな商売をしている形跡すらあるな」
「先生、ガキの頃、不幸せだったんですね」
教授は取り合わずにしゃべり続けた。金吾は、これだけ意地の悪い茶々をいれているのに動じないのは、シカトやいじめを受けてきた過程で培われてきた彼の根性の賜物だろう、などと勝手な想像をして隠微に楽しんだ。そして少し恥じた。
「繰り返します。教育学は有効です。教育は無効です」
「では、何のための教育学ですか?」
「学のための教育学です。それ自身のためにそれがあります」
「なんというデカダンスでしょうか」
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦