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涼子あるいは……

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「あなたは、学問をするうちに、その志向が変わったはずですがね。小学校の教員をやっていって、あなたの学問が展開していくと思いますか? そうはいかんでしょ」
「それは、先生、大きな間違いだと思います。小学教員をすることによって、私の望む現場を見ることができるでしょう。まさに疾風怒濤の生々しい成長過程に遭遇するかもと私は期待しています。ありがたいことです。そこに私はとことん関わるつもりです。そこでしか私は思考するつもりはないし、そこでしか私の意図は実現できないと思っています。現場に密着した思考しか、もう私は信用していないんですよ。先生は、失礼ながら、現場をお持ちではない」
金吾は自分の勉強してきたことが表層的でいい気なものであったと二年ほど前から反省をするようになっていた。そんな勉強に飽きた。嫌気がさしてきた。テーマを変えても、出てくる論理は大同小異なのだ。同じ類の論理が金太郎飴のように顔を出してくる。少なくとも文科系の分野に関しては、対象となる構造が宙に浮いているのを指摘すること、それを前提にして形式論理を用いて議論すること、それだけが学問であるかのような様相を呈していた。この単調な、見通しのよい、わかりやすい退廃のなかで自足している学者たちに、金吾は強い反感を持つようになった。恣意性に嫌気がさし、着地を求めていた。しかし安易な着地が復古主義にからめとられる可能性は高い。金吾は着地できそうな場をとりあえずは現場と表現するしかなかった。
「はははっ。あなたが批判するギルド社会に生きることだけが、我々に現実的な幸せをもたらします。閉鎖社会なんかじゃない。業績はオープンにされ、議論は自由で公平だ。どこが悪いんです? ちっともわからんですな。
あなたの言う現場なんぞ持っちゃならんのです、見ちゃならんのです。教育現場なぞ、延々と続く砂浜です」
金吾は、この時点では、自分が砂に足をとられながら、こけつまろびつ歩むことになろうとは予想できていなかった。ずっと都会に暮らし、堅固な舗道を闊歩してきた人間は、舗石をはがすとそこが砂浜だったとは思いもよらないのだ。
「私は教育学をやってきた。この分野は大好きです。これからもやって行きますがね、ところがどっこい、教育をするつもりは、毛頭、ありません。あーあ、言ってしまった。こんな時ですから、つい私の秘密を白状してしまいました。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦