涼子あるいは……
金吾は、うわの空で言葉を垂れ流す。空白を埋めるだけの常套句だ。どうふるまったらよいのか見当がつかなかった。よいアイディアが浮かばなかったので、テレビドラマの熱血先生や懊悩教師のパターンに身を任せることにした。泣き止んだ生徒達からあとで馬鹿にされるだろうが、しかたがない。
「山岸先生がこんなことになって、残念無念でならない。腹のそこから怒りがこみ上げてくる。
ぼくは、山岸先生を天使だと思っていた。いいか、天使がこの五小に舞い降りたんだよ。そう思わないやつがいたら手を挙げろ。
山岸先生は全校の一人一人を自分の子供のように理解していた。面倒を見た。相談に乗ってくれた。君たちが、傷や病気の手当てをしてもらっただけではなく、心の手当てまでしてもらっていたのは、ぼくがよく知っている。
山岸先生は、君達と自分との隔てを持っていらっしゃらなかった。隔てなんて、実はご存知じゃなかった。なにせ、天使だったからね」
生徒たちの泣き声がひときわ大きくなった。女の子の金切り声が、すすり泣きの上を渡っていく。誰かが足で床を踏み鳴らした。
金吾は机と机の間を一歩進んでは立ち止まることを繰り返しながら、左右の子と涼子との個別的な思い出を語る。このようにして、教室での弔いの儀式が始まった。
一番後ろの中央列右側に坐っているのは根岸太郎だ。
体格は中学生並みで、地元のジュニアサッカーチームのゴールキーパー、野球のリトルリーグでも四番でピッチャー、五十メートル走は六秒四という生来のアスリートだ。知能もきわめて高い。
金吾は、太郎の両親と父兄会や家庭訪問の際に会っている。母親は、向上心の強そうな元陸上長距離の選手だが、一方、父親は、会話にやたらと横文字を入れる、劣等感の強そうな株のトレイダーだ。
「太郎の試合には、山岸先生、しょっちゅう来てたなぁ。いつだったか、ぼくと山岸先生が外野で応援していると、こっちを狙ってホームラン。山岸先生への贈りものかぁ。かっこよかったぜ。山岸先生のはしゃぎようが凄まじかったな、両足で空を蹴ってたぞ。ぼくがボールを拾って先生に渡したんだ。先生、ホームベースを踏もうとする太郎に向かってそのボールを投げつけたよな。ありゃあ、祝福の投げキスだったぞ」