涼子あるいは……
校長の頭が大きく楕円を描いた。口を開けて何か言おうとしたようだったが、声は出なかった。水面に口をつきだしてあせる金魚だ。校長はこらえた。テントを支えるロープさながらに左右の腕を伸ばしきって、演台にしがみついた。
しかしこらえ切れなかった。尻が後ろに突き出て、へっぴり腰になった。握力が失われた。両手がだらりと垂れ下がり、ギロチンに突き出すように、首が前へのびた。顎が演台の縁に当たった。硬い音が聞こえた。首がひっかかったままになる。同時にマイクが倒れて容赦のないとどろき音が会場に鳴り響いた。校長自身もドーンと音を立ててしりもちをついた。両手のひらを天井に向けたまま仰向けになったきり動かない。
悲鳴が上がった。立ち上がる生徒もいた。女子生徒の多くが顔を両手で覆って伏せった。
金吾は壇上に跳び上がって校長を抱えあげた。おぶって保健室まで走った。
二十分ほどの混乱の後に校長は救急車に運ばれて目白第二病院に緊急入院した。極度の疲労から貧血症を起こしたらしいとのことだった。二名の事務員が付き添った。
校長の挨拶は急遽教頭が代行したが、内容はしどろもどろで、生徒の不安と怯えは深まる一方となった。
体育館から教室に帰ってきた。
生徒のほぼ全員が泣いていた。ことばがなかった。
いつもはおしゃべりで声が通らず、日に何十回も、静かに、ちょっと聴け、と声を張り上げなくてはならない。涼子が殺害されたことは、全員口から先に生まれてきたような子供たちにことばを失なわせるほどの重大事態なのだ。ことばを失った子供たちはただ校舎の外の蝉に和して泣くしかない。
泣き声の大合唱。その一斉性の徹底振りには、憑かれた者たちの持つ狂気さえかすかに漂う。言葉を発することができる唯一の人間である金吾は、仕方なく発言をする。さもないとつられて自分も泣き出す恐れが出てきたからだ。しかし、生徒たちがそれを要求しているとしたら、素直にいっしょに泣くべきなのだろうか。それとも、泣く理由が彼らとは異なるのだから、同調すべきではないのだろうか。