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涼子あるいは……

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長身で固太り、猫背だ。彼に初めて会った人間はどきりとするはずだ。顔の右頬から首にかけて紫色のあざが広がっている。それがわき腹まで達していることを金吾は同僚たちから聞いていた。新入生はそのあざにおびえてしまう。中には泣き出す子さえいるが、一年後には全員が校長のファンになっている。子供をなつかせる技はさすがである。薄くなった長髪はごま塩で、眼は慈愛に溢れていてしかも鋭い。
今日は背中がいつもより曲がり、肩が大きく上下にあえいでいる。髪は車の中でついた寝癖のせいで左耳の上でもつれていた。眼も赤い。徹夜の長旅のせいとはいえ、疲労の度合いが尋常ではない。灰色の替ズボンをはき、麻の上着を着ている。旅装そのままだ。上着の両脇の下が汗で変色していた。
校長は演壇の端に立つとしばらく立ち止まっていた。金吾はある異変に気づいて身を乗り出した。
校長はなにごとかに当惑して、顔を醜くゆがませていた。
金吾には、それが、涼子の死を悼むせいだとはとても思えなかった。涼子の死に個人的に当惑することは何時間も前に終わっているはずだった。校長としての役割は、事件への生徒の反応をコントロールするために行動することだろう。今は、生徒を慰撫し、事件を過去のものとし、客観視させ、心理的な痕跡を残させないようにすべき時だ。得意の弁舌で生徒を魔法にかけるべき時だ。当惑しているひまはないはずだ。ところが、眼の前の校長は、現に当惑していた。   
この、沈着冷静な人物の当惑振りをはじめて見て、金吾は興奮を抑えられなかった。原因はなんだろう。今すぐにでも何らかの破綻があらわれるだろう。金吾は同情より先に好奇心が沸いてきて困ってしまった。
校長は足を踏み出すのを躊躇していた。いっそ引き返そうかと迷っているかのようだった。なにか失敗を犯したらしい。自分としたことが、しまった、との感じがありありと伝わってきた。失敗を悔やんでいる、失敗に驚いている。手の打ちようはないものか、とおろおろしている。眼が、すがる藁を求めるように、宙をさまよう。コマ落としのぎこちなさで後ろを振り向きかけたが途中でやめた。  
ついにあきらめの表情が浮かぶ。校長はそっと右足を踏み出した。壇の床が抜けないか探るかのように。
金吾は校長から一瞬も眼が離せなくなった。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦