涼子あるいは……
金吾の反応は高岡教諭たちのそれとは異なった。金吾は、袋田を卑怯だとか失礼だとは思わなかった。袋田を非難するのは、高岡教諭の生理的な防御反応に過ぎないと思った。袋田は教師たちの反応を探ろうとしてわざとあくどく話している。それが袋田の戦術であることは、高岡自身が指摘したとおりだろう。分かっていながら興奮してしまった高岡は愚かしい。袋田は、挑発的な発言を繰り返し、警察側の現段階での具体的な判断を小出しにする。一人一人についてその反応を検分している。犯人なり関係者なりの独特な反応を期待している。高岡や浪岡の発言など、あまりに型通り過ぎて落胆しただろう。それに、集団としての反応を窺っているふしもある……
部屋のあちこちから、帰れ、帰れ、の声が沸き起こった。
袋田は神妙そうに下を向いたままだ。薄ら笑いをかみ殺しているはずだ。
住吉教頭があわてて立ち上がった。両手をばたつかせる。
「誤解なさらないでください。袋田警部は皆さんに事実をありのままに提供して、一刻も早く事件を解決しようとなさっているんですよ。袋田さんは昨日から寝ないで走り回ってこられました。警視庁切っての敏腕警部です。わずか数時間のお付き合いですが、私が深く尊敬するかたです」
袋田警部は面倒臭そうに高岡に顔を向けた。
「ただいまの高岡先生の発言はごもっともです。確かにご無礼つかまつりました。お詫び申し上げます。もう言ってしまいました以上、言い直しようはありませんですがね」
袋田は再び唇をつり上げてずるそうに薄ら笑いを浮かべた。高岡教諭は呆れ顔で左右を見回した。
部屋の隅で立ち上がった者がいた。立花道夫教諭。色白で大柄で蓬髪。歳は三十二歳で独身。オタクと言われている。
「あのお、みなさん。僕は、その、ちょっと、違う意見なんですけど。ぼくは、袋田さんに協力すべきだと思います。何でも聞いて、現実こうだと認識して、知ってること、全部提供して、さっさと解決してもらうべきだと思います。市民の義務を果たすべきですよ」
山崎教諭が発言する。
「立花先生、今この場で、市民って何ですか?」
「えーっ、今とかこの場とかで、市民って、意味、変わっちゃうんですか? 憲法に規定されている基本的人権を持った個人は、一定不変でしょ?」
「あのねえ、この警部にとっては、市民とは被疑者の別名なんですよ」