涼子あるいは……
「私は、事実を述べているだけです。それを思い出と結び付けているのは先生ですよね。私は関知しない。思い出を汚すように結び付けていらっしゃるのは先生ご自身です」
「こんな不快な目にあっているのに、それは私が原因だとおっしゃるの?」
袋田は答えない。
浪岡先生は、あったまキタ、と小声でつぶやくと、机の上のハンドバックから携帯電話を掴みとり、小走りに袋田の前に駆け寄った。
「ちょっとお、警察がこんなことしていいの?」
右手を、まっすぐ袋田の顔をめがけて延ばした。携帯を握っている。
「もう一度言いなさいよ。ユーチューブに載せるわよ」
「はあ、どうぞご勝手に。ま、しかし私があなたならやらんでしょうな。長く教員をやっていたいでしょうからね」
「なにそれ、脅してるわけ?」
教頭が立ち上がり、浪岡先生の背後に廻ると、両肘を支え、口を耳元に近づけて、何か囁いた。語尾の、ねっ、ねっ、だけが聞こえる。そして、携帯を持つ右手の手首を掴むと、机まで引っ張っていった。その間袋田は振り向いてテレビの画面を元に戻した。
六年の主任である高岡正輝教諭が、彼女が席に着くか着かないうちに立ち上がった。教頭は、席に戻りながら、悲しそうに彼を見つめた。
高岡教諭は、太った体を前かがみにしたままで、あごをしゃくって、長髪を後頭部に跳ね飛ばした。跳ぶ直前の蝦蟇ガエルのようだ。袋田警部をさも憎々しげに睨む。
「高岡と申します。浪岡先生のおっしゃるとおりです」
声が怒りで震えている。
「事実を述べてるだけ? ふざけないでもらいたいね。あんたねえ、われわれの感情をずっと逆なでしてるじゃないですか。反感を煽り立てていらっしゃいますねえ。どういう戦術ですか? そこんとこ黙ってるのは卑怯でしょ。そりゃ、あんたはこういう手を使うのは慣れてるだろうけど、こっちはたまらんな。要するに、あんた、私たちにも、死者にも、無礼千万なんだよ」
高岡先生は、憮然とした表情のまま、腰を下ろしながら金吾を凝視した。唾の泡が口の両端についている。