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涼子あるいは……

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金吾は、部屋中を、きょろきょろ見回した。どこでもいい、日常とずれている部分を見つけて夢が醒めていないよすがにしようと苦心した。
だが、残念ながら、もう夢を見ていなかった。
養護の山岸先生が昨晩急死されました、と教頭が言ったように思われる。いや、そう言った。金吾は声を震わせて糾問する。教頭を攻撃する。
「キュウシ? キュウシってなんですか? 急に死んだ、ということですか? 
昨晩、急に、山岸涼子が、山岸ですよ、涼子ですよ、山岸涼子が、死んだ、とおっしゃっているんですか? 
ご冗談を。なんのつもりですか。私、涼子とは昨日も会ってますよ。彼女は、ここから歩いて三分のマンションで、いびきをかいて寝てますよ。これから行ってたたき起こしてきましょうか? 教頭先生、あなた、本気ですか、正気ですか、責任とれますか? 
あっ、いけませんでした。失礼しました……」
携帯電話機がミシリと音を立てた。潰れなかった。
「いいんですよ、岡田先生。さぞかしお驚きのことと思います。しかし事実は事実です。お伝えしている私でさえいまだに何かの間違いだろうとしか思えません。夢ならば醒めてくれと叫びたいところです。
しかし、やっぱりほんとうに、とんでもないことが起きてしまいました。
しかも変死です。事故死ではありません。ずいぶんとむごいことでした」
「ころされた?」
金吾は息をのんだ。呼吸が止まってしまった。吸い込んだ空気が肺の中で急に固体になったかのようで外へ排出できない。
ぐんぐんなにかの水位が上がってきた。脳の血管が切れそうだ。
金吾はパニックに陥った。
「残念です。無念であります。山岸先生は、殺害されました。あの、天使のようなかたを殺害するとは、なんたる悪魔の所業でしょうか。   
遺体はすでに世田谷の監察医務院に移送されました。
出張先の校長先生には真夜中零時に連絡しました。携帯は通じませんでしたので、ホテルのフロント係に起こしてもらいました。全国小中学校校長会の予定はキャンセルなさって、とんぼ返りでお帰りになります。すでにタクシーにご乗車になっています。今朝六時には学校にお着きになります。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦