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涼子あるいは……

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「もしもし、岡田先生ですか。わたくし、教頭の住吉です。朝早く申し訳ありません。例の件についてお知らせがあります」
「例の件? 何のことでしょうか? ま、何であれ、今はちょっと勘弁してくれませんか。昨日飲み過ぎてしまって、おまけに夏風邪をひきかけていますので、できればあと二三時間は寝ていたいところなんです」
金吾は事務的な用件で、何か忘れていることはないか、ぼやけた頭の中をのろのろと点検した。その頭は、二日酔いでがんがん痛い。
感覚機能も目覚めたらしい。右足の太腿に二箇所、左足のむこうずねに一箇所、蚊に刺された跡があるようだ。右手の中指で、太腿を触ると、花びらが張り付いたような低い扁平の台地が出来ている。刺されてまだ間がない。痒い。かきむしってしまう。
「御無礼はひらに御容赦を。しかし、本当にご存じないんですか? 学校にも、他の先生方にも、岡田先生からの連絡がなかったので、もしかしたらと思ってはおりましたが。誰も伝えなかったということですか。うーん、困りましたなぁ」
「本当に知りません。何があったんですか?」
金吾はやや声を荒げた。教頭が単にもったいぶっているにすぎないと思った。前置きなしで早く用件を言ってもらいたかった。相手が涼子だったらだらしなく許してしまうところだが。
「大変なことが起きました。信じられないことです。申しあげてよろしいでしょうか? 実は申しあげたくないんですけど」
「大変なこと? どんな大変なことでも、私は驚きませんがね」
金吾はうんざりしながら答えた。あくびを甘くかみ殺した。迷惑だというこちらの気持ちが、早く伝わってほしい。
教頭の『大変なこと』には、ここ数ヶ月の間に、何度もつきあわされてきた。ウサギや鯉が死んだときも、体育館のひさしが腐って垂れ下がったときも、浪岡ひさの先生が緊急の帝王切開で第二子を授かったときも、大変なことだと電話があった。今では金吾は教頭の『大変なこと』を聞くと、かえって安心するほどだ。
ところが、さらに息遣いを荒くした教頭は、裏返って別人のもののようになった声でもって、絶対にありえないことを口走った。
「養護の山岸先生が昨晩急死されました」
金吾は蹴りあげられたマリオネットのようにベッドの上に跳ね起きた。
嘘をついている。いや、そもそも、聞き間違いに違いない。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦