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涼子あるいは……

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金吾の左隣りの体育専科、田中館進教諭は「あいつの話、やめさせましょうや」と金吾以外の教諭にも聞こえるようにわざと声を荒げながら左肘をつついてきた。彼は、職場では二年先輩に当たるが、年齢は同じだ。目が充血していた。昨晩、金吾と祭り見物の最中に出くわして、二人でバカ飲みしたせいだ。
「まったく、こんなのありですかね。やたら扇情的で暴露的じゃないですか。おれ、語彙少ないんで、うまく言えないですけど」
「いや、当たってると思いますよ。ただ、ぼくは、やらせておいてもかまわんと思います」
もちろん金吾たちの私語は袋田には聞こえない。
「この方法は古典的なものです。中国にも頭頂縫合部に針を打ち込む殺害法がありましたがね。江戸時代には、相手が寝ているときに、この耳道を突く方法で殺害する事件が結構ありました。何せ、ほとんど出血しませんから、殺害後に耳たぶをちょっとぬぐっておけば、検死の役人は自然死と思ってしまったでしょう。経験のある与力や同心は、こよりを耳に突っ込んで血糊がつくかどうか調べたものでした。いまはすぐ、遺体解剖をしますので、わかってしまいますが。ああ、山岸様の御遺体も、長野から駆けつけていただいた御家族の了承の下に、解剖されました」
浪岡先生が、あーっ、やだよお、やめてちょうだいよお、とわめいてまた吐いた。暗澹たる雰囲気が、反吐の匂いを伴って、部屋全体にたちこめた。
金吾も、吐き気を抑えながら、口の中にたまった唾をタオルの中に吐いた。不快の真っ只中なのに、もっと詳しく述べてもらいたいと切に願った。知って不快になりたくなった。追求欲がマゾヒズムに連動しているとは思わなかった。
浪岡先生は、机の縁を両手でつかんで顔を塵かごにのばしていた。吐き終わって、のろのろと両手の間から顔を出すと、そのまま立ち上がってしまう。赤い目で袋田をにらみつけながら、右手で口をぬぐった。頭を左右に振ると、髪が両頬を打った。
「あのね、警部さん、お願いだから、もう言わないで。モニター消して。私達は、悲しくて悲しくてたまらないんです。涼子を悼んでいます。想像したくないことを、わざとのようにおっしゃってますけどね。涼子の思い出を汚さないでいただきたいわ」
袋田はまぶしそうに相手を見た。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦