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涼子あるいは……

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「硬い頭蓋骨を貫通して即死に至らしめるのは容易ではありません。しかし、頭部には、急所があります。頭蓋骨にはいくつかの穴があいています。口、鼻、眼、皮膚に覆われてはおりますが顎、そして耳です。口、鼻、眼、顎は、いずれも顔の前面にありますので、犯人が攻撃を加えても、被害者にはよける可能性が残っています。  
耳だけが、そうではありません。犯人は被害者の右耳を狙いました。ということは、犯人は右利きでした。
釘、まあ、五寸釘のような長めのやつ、編み棒、串、金属針、何でもいいですが、耳道をねらって、木槌か金槌で叩くと、脳の両側頭葉と中脳を貫通します。即死です。反対側の耳の穴から凶器の先端が出てしまうこともあります。なお、凶器は発見されていません。木製や竹製だと折れる可能性があります。金属製だったでしょう」
袋田は手を延ばして教頭の前にあるテレビのリモコンをつかんだ。教頭は心配顔を隠さない。テレビの画面が変わった。それを見て何人かが悲鳴を上げた。
引き目かぎ鼻の、博多人形のような人物画が描かれている。赤いセーターを着ている。そして耳から耳へ串が突き通っている。その背後にてるてる坊主のようなのっぺらぼうの人物が金槌を持ってひかえている。黒いジャージ姿だ。
金吾は、九・一一の際に、貿易センタービルを突き刺したボーイング767の先端が、建物の反対側に突き出たシーンを思い出していた。
さらに、眼をつぶって、金属針が自分の右の耳の穴から入ってきて脳を突き抜け左の耳に達するのを想像した。
頭の中心部が熱くぎりぎりと痛くなった。爆発の予感がする。涼子の頭の中では実際に爆発が起こったのだ。なんで涼子がこんな目にあわなくてはならなかったのか。
吐きたくなった。むかむかと胃液が這い上ってくる。口の中に唾がたまってきた。タオルを口に押しこんで咬み、左手で机のヘリをつかんで腕を突っ張り、腹筋に力を込めて堪えた。
涼子と仲がよかった浪岡ひさの先生は、目をつぶり両手で耳をふさぐと机の下に頭を入れて塵かごに吐いた。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦