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涼子あるいは……

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「ははっ。申し訳ありませんでした」
もっと誠実に謝れよーっ、と同じ声。袋田は無言で頭を下げてから、さらに続ける。
「日常に溶け込んでいるので、われわれはとっくにその人物が見えているのに犯人であると気づくことができないのかもしれませんな。ここだけの話ですが、地取り聞き込みにはあまり期待できそうにありません。犯人がたとえ目の前を通ったとしても誰も不審には思わなかったでしょうからね。先生方にとって、まことに穏やかならぬ話であります。
なにせこの部屋の中に犯人がいてもおかしくない状況ですから」
部屋全体がどよめいた。机をたたく音がする。態度、改まってないじゃないか、と怒鳴り声。今度は但馬勇吉教諭だ。但馬教諭は賛同者を求めるように周りを見回した。
袋田は一息ついて、おざなりに頭を下げた。唇を右の頬に向けて引き上げながら眼をぐりぐりと左右に動かした。
なんと、彼は、じつに楽しそうだった。
金吾は袋田の思わせぶりで挑発的な発言に呆れていた。そうする理由を探ろうとして袋田を窺った。
袋田は、さあ見たいなら見ろとでも言うように、黙ってそっぽを向いているだけなので、金吾は退屈して目を周囲にやった。
教員全員が金吾に注目していた。
袋田を再び見ると、眼が合った。そのねじくれた唇は金吾のぼんやりさ加減に対する嘲笑にいつのまにか変わっていた。袋田は、お前の周りを見ろ、と伝えていたのだろうか。
金吾は深くうつむかざるをえなかった。
「さぞ不快にお思いになられるでしょうが、現段階での捜査の結果では、皆様方を白とは断定できません。ご自身の潔白を証明するためにもぜひご協力を願う次第です」
「われわれを、はなから、犯人扱いしていますな。無礼きわまりない!」
袋田は、どよめきが起きる前に右手を水平に上げてそれを制した。
「皆様に対する尋問のための共通情報、共通の了解事項として、現場の状況をお話しておきます。
新聞等にあったとおり、刺殺ではありましたが、ありきたりの殺害方法ではありませんでした。被害者は頭蓋骨を刺されていました」
たちまち室内は冷水を浴びたように静まった。金吾の背筋に悪寒が走った。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦