涼子あるいは……
十数脚の大型脚立が組まれ、そのいくつかのてっぺんには肩にカメラを担いだ男たちが取り付いていた。野次馬は、せいぜい二十人ぐらいだった。
金吾は突然転倒した。路上を何本ものケーブルがうねうねと這っていた。その一本に斜めに自転車を乗り上げたようだった。受身をしようと一回転したものの左ひざをしたたか打った。何の罰かと、とっさに思った。そのまま地面に呆けたように坐りこんでしまった。ここしばらく柔道はやってないな、などとつまらないことを思う。普段だったら、ちぇっ、で済ますところだが、今はつくづく惨めさに打ちひしがれた。平手で自分の頬を叩いた。頬に湿った泥がついた。ここでも地面が濡れていた。水冷エンジンの排水だ。尻が冷たい。お漏らしをしたようになった。情けなかった。やっとのろのろと立ち上がり、手をズボンの尻でぬぐった。自転車を起こし、押しながら校門にたどり着いた。
くぐり戸のところに二人の機動捜査隊員と一人の制服警官が立っている。警官に名前を伝えると無線で確認をしてから「どうぞ」と応えた。左右から一本ずつマイクが差し出されたが黙ったまま胸で押しのけて校庭に入る。
玄関前には二台のパトカーと保健センターの大型バスが駐車している。どの車にも男たちの黒い影が複数見えた。駐輪場まで行かずに玄関脇に自転車をとめて校舎内に入った。
職員室の引き戸を開けると、総勢二十二人の視線が衝撃波となって金吾を撃った。そのうち十人を占める女性教員は、全員目を赤く泣き腫らしていた。金吾の様子は是非とも見たいが、自分の泣きっ面は見せたくないのだろう。すぐに顔を背けた。男たちの反応はさまざまだった。泣いた形跡は誰にもない。上目使いに窺う者、不快を露わにする者、睨みつける者、軽蔑しきったような薄ら笑いを浮かべる者。同情的な二,三の例外はあるものの、ほとんどの顔は、おさえきれない好奇心にまみれていた。詮索する権利を持つ者の傲慢に満ちていた。鬱陶しくて醜くかった。ふだん金吾に対してどのような気持ちを隠しているかが分かるようだった。緊急時には本性が出るものだ……
金吾は我にかえって頭を下げた。
「遅れてしまいました。申し訳ありません」