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涼子あるいは……

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横溢する生命力も、それを破裂させない強力な自己コントロールも、染み透りにじみ出てきた心の闇が、ちらちら姿を見せるようになった。日常の素振りに、もだえるような切実さがあった。身を振るいながら、聞いたこともない外国語で訴えているふうだった。ついに、告白を始めるのか、とさえ思われた。それらしきことを口走ることもあった。だが、いざとなると、あの言語明瞭で、明晰判明な涼子が、何重かの比喩としてしか語らなかった。金吾はついにそれを読み取れなかった。金吾は、涼子の錯乱というまがまがしい予感に怯えた。
金吾の忍耐への見返りとしてか、身に余る信頼を寄せられておろおろもした。自分はちっとも立派な人間ではないのになぜこのような信頼を涼子は捧げてくれるのか。ふと我に返っていぶかったこともあった。
誤解であるにちがいなかった。いい気になるのを金吾は警戒した。自分は単に緊急避難のための港とみなされているのかもしれなかった。では、彼女の緊急事態とは何であるのか? しかしそれをこちらからは訊くべきではない。語る語らないは涼子のままに……
金吾は堂々巡りの宙ぶらりんの生活を、連日の雨と、窓の下に見える紫陽花と、体を押し付けてくる涼子とともに続けた。

田園通りは、五日市街道との交差点から先が片側交通規制になっていた。時々ヒステリックな警笛が聞こえた。うすあかりの中で、交通警官の振り回す指示棒の先の赤いランプが蛍のように揺曳していた。
通りに面した校門のそばに、歩道に半分乗り上げた姿勢で、NHKと民放のテレビの中継車が合計六台並んでいた。いずれも自家発電装置のモーター音を響かせ、屋根の上にテレビカメラとサーチライトを載せている。NHKとフジテレビの中継車の屋上にカメラマンが乗って撮影をしていた。
二つのライトが作る光円錐が、校庭を這うように延びて、校舎の一、二階に当たっている。校舎が校門と垂直をなしているので、壁に,教室ひとつが入るほどの,二つの大きな歪んだ円盤が張り付いていた。それらはかすかに振動していた。校舎にむかってノックしているようだった。一瞬金吾は、中に人がいるとすれば、どんな心地がするものか、と思った。だが、窓々は愛想なく、灰色のブラインドを下ろしていた。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦