涼子あるいは……
金吾は涼子の横顔を盗み見た。涼子は一心不乱に水面を見つめていた。額に汗の粒が浮かんでいた。眼がらんらんと輝き、うっすら涙を浮かべ、頬が紅潮していた。巻き毛から這い出た耳の下半分もピンク色になっていた。鼻をすすり、しきりにつばを飲みこんでいた。体のあちこちから粘液が出始めているにちがいなかった。
どんな連想を涼子が辿っているのか、金吾には想像もつかなかった。とにかく涼子は水面を見ながら発情していた。
金吾の視線を感じたかのように涼子が金吾の顔を見た。
「金吾さん、正直に言いなさい! あなた、今、したいんでしょう?」
金吾はあきれかえりながら答えた。
「君、よく分かったねえ」
たちまち涼子の上半身は仰向けに倒れこんだ。腰が浮き上がり、ショートパンツが脱げていった。なんとみだらな女だろう。いつどこでこのみだらさを身につけたのだろう。
「お尻がちくちくするわ」と下から声がする。見下ろせば、その下半身は、草むらにうち捨てられた石膏像のようだ。
涼子は風呂に苛性ソーダを入れて首まで浸かるという過激な脱毛法を習慣にしていた。濃度と時間を少しでも間違えると皮膚が融けて指紋が消えるわよ、と笑いながら言っていた。間違えたことがあるらしかった。ソーダの刺激が皮膚を興奮させ超回復を促すのか、涼子の肉体表面は現し身のそれとはとても思えなかった。
今やうっすら口を開けた無毛の割れ目が陽に照らされてあらわになった。金吾は石膏像に覆いかぶさった。
涼子は金吾の右耳に息を吹き込むように、さっきよりもさらに凡庸な言葉をささやいた。だが金吾は感動してしまう。
「ああ、あたしはなんて幸せなんだろ。死ぬまであんたといっしょにいたいわ」
数分のちに金吾はひとの気配を感じて顔を上げた。二メートルほど離れたところに、六歳位の男の子と四歳位の女の子が、手をつないでこちらを見ていた。おそらく兄妹と思われる。写真館で撮影される時のように、二人とも胸を張って気をつけの姿勢をとっていた。金吾は咳払いをし、左手で上流を指さしながら、落ち着いてゆっくりと告げた。
「あそこにきれいなつつじが咲いてるよ。ひと枝折ってうちにもって帰りな」
さらに月日は流れた。短い梅雨が過ぎた。早く去る予感を漂わせながら、夏がやってきた。
そのころから金吾は、ふさぎこんでいる涼子をしばしば見るようになった。