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涼子あるいは……

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金吾は眼を開けた。認めざるをえなかった。涼子は金吾に隠してきた秘密の存在を、確かに打ち明けていた。しかし秘密の内容はまったく伝えない。恐らく性的な何かだろう。内容が皆無の告白という矛盾が目の前にあった。告白とその内容の空白。この二つの並立なぞありえるだろうか。それを抱える涼子のストレスはよほど激しいはずだ。涼子のふるまいは金吾にはわけが分からない。
わけがわからないなら、どういうつもりなんだと単純に聞けばよいかというと、それはなかった。聞きたいのは山々だが、それを言わせたらおしまいだ、という恐れを金吾は持っていた。金吾は涼子と今までの人生では未曾有の何かを共有しつつあると感じていた。聞けばこわれるものが大きいので聞けない。金吾はふと気づいた。涼子も言ったらおしまいだと思っているものの、丸々は隠しきれないので存在だけはほのめかしたのではないか。
金吾はようやくわかってきたように思った。普通、男女間で、一方が他方に秘密を持った場合、二通りの処理法がある。ひとつは、まったく気取られないように演じつくす、あるいは、ばれそうになってもあくまでシラを切る。もうひとつは、すべてを白状して、さあどうすると居直る、あるいは、平身低頭して謝る。涼子はこの中間の、最悪の方法をあえてとった。それはなぜか。涼子が、二人の関係をユニークであり、強固であると信じているから。金吾を信頼しているから。金吾に誠実であることをいくらかなりとも示したいからだ。金吾は、それらに免じて、告白の内容に封をしている涼子を許そうと思った。堪える決意をした。
涼子が歌をうたい始めた。歌声もふだん話す時と同様にやや低めだ。

デュランス河の、流れのよおーに、小鹿のような、その脚で、駆けろよ、駆けーえろ、可愛いワォルタンスよ、小鳥のように、いつも自由に…… 

金吾も川面を見つめている。涼子の心の葛藤が愛おしさをかきたてる。
汗の匂いではないかすかな芳香が漂ってきた。なにかの花の香りかとも思われたがしばらく嗅いでいるうちにその正体に思い至り、金吾は驚いてしまった。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦