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涼子あるいは……

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世の愚かな女たちが、愛されていると誤解して発する勝ち鬨の声だ。あるいは、愛されたことが稀にしかなかった女たちが、慣れない優越性にこらえきれなくなって漏らすなけなしの戯れ文句だ。いずれにせよ涼子が発すべき言葉ではなかった。金吾はあらためて涼子の横顔をまじまじと見た。涼子は眼下の川面を凝視していた。その真意は測りがたかった。
「どうもしないね」
金吾はそう言うしかない。
「私が浮気をしていたらどうする?」
この発言は金吾をいささか考えさせた。
涼子は、前者の未然と後者の已然を使い分けていた。そのせいで浮気という言葉が急に実質を持った感じがした。金吾にそんな感じをあえて抱かせる言い方をしていったいどうしようというのか。
涼子の真意はますます測りがたくなった。
「やはり、どうもしないね」
金吾はただ、感情に捉えられることをこの上ない屈辱と考えていることだけをあらためて述べただけだった。涼子も金吾の覚悟をあらためて確認しただけだったのかもしれなかった。
「ありがとう。ちっとも無理が感じられないわ。そういうところが好きよ」
金吾は皮肉られたように感じてひやりとした。
「それで?」
金吾は、涼子が、じゃあ、安心したわ、実はね、などと言わないことを切に願った。
「それだけよ。聞いてみただけよ」
金吾はほっとする。
過去に男はいくらでもいただろうが、現時点で涼子が金吾以外の男と関わる余裕は精神的にも時間的にも生理的にもありえないと思われた。金吾の自信はゆるぎなかったから、涼子が遊び心で、きまぐれで、金吾の忘れてしまっている失敗の腹いせとして、金吾をからかったのだということに金吾はコトを処理したかった。涼子はしょっちゅう金吾をおもちゃにして憂さ晴らしをしていたからだ。
金吾はしばらくのあいだ眼をつぶった。桜の葉のざわめきと堰の水音が高まったように思えた。それらが金吾に、そうじゃないだろう、ごまかすな、と訴えているようだった。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦