涼子あるいは……
偉そうなことを言いながら、金吾は、涼子の正々堂々とした白状振りにおたおたしていた。まんざらでもないのを気取られないように細心の注意を払った。馬鹿面が浮かぶのを防ぐために、涼子の言葉を眉をひそめながら心の中で厳しく批評した。
されてた、に対して、させていただいた、が返ってきた。かすかに慰撫のにおいがする。ちょっとごまかされたな、という感じを持ってもよいだろう。おだてられている疑いもあった。愛することを試みた、などと歯の浮くようなことを臆面もなく口走って、人を馬鹿にしていると思えなくもない。
しかし、ケチをつけるのはそこまでだった。
愛することが得意どころか最も不得意なことだった、などという思わせぶりの言いぐさが、解釈に耽るに足る面白いネタになりそうだった。わずか九ヶ月だがとにかく年下の女に手玉にとられ、翻弄されながらも、愛という言葉でこれまでのことを総括させたことが、五月の晴天のように青々と快かった。要するに愛していると、涼子は宣言したんだろう? 金吾は猜疑心に苛まれてきたのをこのときだけは忘れておめでたい男となった。
川のむこう側は上流に向かって麦畑が開け、その向こうに中学校の校舎と市営プールが見える。さらにはるかに奥多摩の山々がかすみに煙って横たわっている。空と山のぼやけた群青色に差はほとんどないので、それらの境目があいまいだ。遠くから自動車の走る音が聞こえてはくるが、風景の内に人影がまったく見えない。人々は、申し合わせたように、どこかへ行ってしまっていた。中天でひばりがさえずっていた。
「金吾さん、初体験のこと覚えてる?」
「憶えてる。それがどうかしたのか?」
「……キザねぇ」
「君は覚えてる?」
「憶えてるわよ、はっきりと」
「……キザだなぁ」
「じゃあ、普通はどう言うのさ」
金吾は涼子の声音をまねて答える。頭を膝頭近くまで下げ、もじもじ腰をうごめかしながら、草をちぎって捨てる。
「あなたには信じてもらえないと思うけどっ、私、本当に、よく憶えていないのよぉ」
「ぎゃーっ!」
「記憶って主人思いのしもべなのよね。自分が気に入られていないとわかると、そっと立ち去っていってくれるのよ」
金吾も涼子も大声で笑った。